深海魚

花びらに埋もれてこのまま 死んでもいいと思った

2018年9月13日 タッキー&翼のファンより

 

2018年9月12日の23時44分に滝翼のFCから「大切なお知らせ」のメールが届いた。

そして、13日に日付が変わった瞬間に、メッセージが公開された。10日に滝翼が解散していたこと。翼さんが体調の回復のため、事務所を退所すること、滝沢さんがプロデュース業に専念し、芸能活動を引退することが記されていた。

 


滝翼は、2017年の9月3日に個々の活動をグループに還元するために活動休止を宣言していた。翼さんの体調のことを考えると、仕方ないことなのかもしれないけれど、2人の並んでいる姿を見ないままに「解散しました」と発表するのは、あまりに切なかった。

 


私が滝翼を好きになったのは4年前だった。

2014年、翼さんは1度目のメニエール病に罹った。私は関ジャニ∞のファンでもあるので、レコメン!を毎週聞いていて、その中のコーナーにある翼くんのラジオは昔から聞いていた。そして当時、翼さんが病気でラジオに出演できなくなったため、代打で滝沢さんがパーソナリティを務めている様子を聞いていて、なんて魅力的なグループなんだろう、と思った。それは、変化する翼さんの状態をファンに報告しつつ、ラジオの向こう側にいる翼さんを優しく励ますような放送だった。あのときに聴いた「ねぇ」は忘れられない。

その年のコンサートツアーには、滝沢さんだけがステージに上がった。

「翼」と書かれたTシャツを着て、翼くんの音源が流れて、ステージ上では1人だったけれど それは確かに滝翼のコンサートだった。

2015年のツアーとそれを引き継ぐようにして開催された2016年の新春コンサートの最後の挨拶で、翼さんは毎回ファンに病気によってコンサートを欠席したことを謝罪していた。

ファンになったばかりの私でも心配してしまうくらいに、翼さんは真面目すぎるくらい真面目な人だった。

謝ることで、自分を苦しめるくらいなら、忘れてもいいよと伝えたかったけれど、それが出来ないのが今井翼という人間で、芯があるけど優しさのかたまりみたいな人で、だから大好きにならざるを得なかった。

滝沢さんが、番組で「色々やってるけど、結局何がしたいの?」と問われたときに、真っ直ぐな瞳で「ジャニーズを世界に広めたい」と答えていたね。あなたがどれだけジャニーズという居場所を、そしてその居場所をくれて育ててくれたジャニーさんを大切に思っているかを、知っている。


今回の「大切なお知らせ」の文面は、私の目で見てきた滝翼らしい選択で、ひとつひとつのことについては理解ができるのだけれど、"解散"の一言があまりに重たくて、何かを考えようにもそこから思考が停止するような感覚に陥ってしまう。

 


そして、滝翼ファンとして私が出来たことがあまりに少なかったことに気づかされる。

CDリリースが全然なかったのも、「前作が売れないとCDが出せない」これに尽きるんだよ。でも、現状は分かっていても、発売されたものを自分の出来る範囲で毎回買うことしか私には出来なかった。

ごめんね、本当はもっと2人で活動したかったよね。私も隣り合う2人が一番好きだよ。私たちの知れない沢山の「事情」があるのだろうと、勝手に想像しているのだけれど、私は悔しいよ。

 


黄金期を惜しむ多くのファンの声、そしてバックについてくれたJr.担の解散を惜しむ声を沢山聞いた。沢山の人に愛されるグループだったのだと思う。でも、その人たちとの感覚と、今の自分が持っている感覚は大きく違うような気がする。

「いつもあると思っていたものがなくなる」寂しさよりも、「彼らに何かもっと出来なかったのか」という悔しさが今は大きい。

 


「いつ何が起こるかわからないから、後悔しないようにコンサートに行く」といったようなツイートをよく見かける。私も概ねその意見には合意するのだけれど、今回のことでよく分からなくなってしまった。

結果的に「最後のコンサート」となった公演に私は行けたのだけれど、あのとき、誰も「最後」だなんてとても思っていなかった。ファンはもちろん、滝翼自身も絶対そうは思っていなかっただろう、と今でも確信できる。

だから、私にとって最後のコンサートはあくまでも「いつもの滝翼のコンサートの公演のひとつ」でしかなくて、後から「最後」というラベルを貼っても、違和感しか覚えないのだ。

「いつか来るその日」に備えてコンサートに行くなんて、ナンセンスだと思う。どう足掻いたって、「いつか来るその日」が来るときには来る。ファンはそのとき、あまりにも無力だ。

 

それぞれがソロデビューするつもりだったのが、滝沢さんの直談判によって二人でデビューに変更されたのがタッキー&翼だった。

それぞれ二人の形で、これまでグループを守るために闘ってきてくれた。

二人が決断をしたとき、二人ともが別の方向を向いて、「表舞台を去る」という同じ決断をしたことが、どこまでも二人らしくて泣けてくる。滝沢秀明も、今井翼も、「タッキー&翼」の看板がない場所では表舞台に立たないのだと思うと、なんとも言えない感情が押し寄せてくる。デビューのとき、二人で道を歩むと決めたときからずっと滝沢さんの隣は翼さんで、翼さんの隣は滝沢さんだった。それはもう変えようのない"真実"だ。


今は「お疲れ様でした」だなんてとても言えない。滝翼は私なんかの文章では伝えきれないくらいとても素敵なグループだから、気になった人はどうか映像を見てほしい。

ふたりがふたりを大切にしてくれていたことは、とてもよく知っている。ふたりが、私たちを大事にしてくれていたことも分かっている。

だから、私はふたりから貰った思い出を歪めずに、美化もせずに、ただ大切にしまっておこうと思う。

「大阪ロマネスク」を文学的に解釈してみる

 

「大阪ロマネスク」は、2006年3月にアルバム『KJ1 F・T・O』に収録された後、同年6月に「∞SAKAおばちゃんROCK/大阪ロマネスク」の両A面シングルとして発売された楽曲である。

この曲はデビュー前から松竹座で歌われてきた楽曲であり、ファンからの支持も強いと言われている。

それを裏付けるのは、2012年デビュー8周年の8月8日を記念したイベント「すごはち」でファン投票1位を獲得したことだ。

また、発売から12年が経った今年 2018年、アルバム『GR8EST』に葉加瀬太郎さんのヴァイオリンを加えて新録され、初めてMVが収録された。


「僕らからファンに向けたラブソング」(横山) であるとの言葉があるように、「大阪ロマネスク」は関ジャニ∞とエイターにとって、特別な曲と言える。

 

人気な楽曲故、多くの関ジャニ∞のファンがこの楽曲について言及していますが、今回はあくまで「大阪ロマネスク」の歌詞に注目して、文学的に解釈をしていきたいと思います。

 

 

テーマ:「大阪ロマネスク」の「場」と雅なる物語(ストーリー)考

 

1.設定

 

視点…基本的に「僕」の一人称である。

(Cメロにおいては三人称とも考えられる。空から眺めたような、いわゆる「神視点」である)

 

人物

「僕」大阪出身である。

「君」関西以外の出身である。

→地の文が標準語であるのに対し、Bメロで「僕」が語る「好きや」「やっぱり好きやねん」と関西弁が登場する。

 


曲の構成…Cメロ(サビ)→

1番 Aメロ→Bメロ→Cメロ(サビ) 

2番 Aメロ→Bメロ→Cメロ(サビ)→Dメロ→Cメロ(サビ)→Cメロ(サビ)

 

場所・時間

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歌詞の舞台となるのは「西の街」である。

その後の地名から考えると、この「西の街」というのは大阪であると考えるのが妥当であろう。

時間軸として「僕」が「あの日」を回想するAメロが存在する。

回想以外の場面は、便宜上[現在]と呼ぶことにする。[現在]のパートは、①→④と時間が経過していく。最後の2つにおいては、判断が難しかったため、これに関しては後述する。

 

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[現在]パートにおいては、場所は御堂筋・心斎橋・戎橋と同じエリアが登場する。図のように、御堂筋の一本東にあるのが心斎橋筋で、心斎橋筋の中にあるのが戎橋である。

「あの日」のパートにおいては、[現在]で登場した御堂筋の北端である梅田駅と南端である難波が登場する。


なお、歌詞には「神戸」という地名も登場するが、「僕」と「君」が観覧車から見た景色であり、実際には足を運んでいないため、ここでは割愛する。

 

 

 

2.考察


・大阪ロマネスクの「君」の存在について

 「この街の言葉 乱暴と言ったね」というパートから、「君」は「この街」=(大阪)出身でないと推察できる。

しかしながら、「僕」が主体となっている本楽曲において「君」の存在は極めて曖昧なものであり、詳らかな人物像を把握することはできない。

また、「君」に関連するフレーズを列記してみると、「君の背中が消えた梅田駅」「忘れられない君の優しい」のように、後ろ姿と記憶の中の声でしか「君」が存在しない。

これは「僕」が追いかけ求める「君」という恋人を、敢えて具体的な存在にしないことで、聞き手に想像を委ねているのではないだろうか。

 


・恋を始める「御堂筋」、恋をするため人が来る「心斎橋」

御堂筋は大阪駅から難波駅までを結ぶ、大阪の有名な道路である。そして御堂筋の南側、一本東の繁華街が心斎橋である。

「僕」と「君」の恋の舞台は御堂筋。「あの日の僕ら」を回想するときも、登場するのは梅田となんばである。これらは御堂筋の北端と南端の位置に存在する。「僕」と「君」の思い出が御堂筋にあったということは、ここからも理解できるだろう。「恋をするなら御堂筋から始める」というフレーズは 実際の二人の思い出があるからこそなのではないだろうか。


「君」を追いかけた「僕」は心斎橋筋にある戎橋に辿り着く。そのため、「僕」は「君」を探して心斎橋を駆け回っていたことがわかる。繁華街であるため、いつも人がごった返している心斎橋で、それぞれの人が何を目的に集うのかは誰も知れない。しかし、「僕」が「君」を探した本楽曲において、心斎橋は「恋をするため 人が来る」場所なのである。

 


・「雅なる物語」の結末は?

「あの日」に、傷つけあってかけだしてしまった「君」を追いかける「僕」の姿が終始描かれている。

Cメロ(サビ)の部分に着目すると、「僕」の心情が楽曲内で変化していく様子が見て取れる。


1番サビでは「早く早く 追いかけて」であったのが、Dメロ後サビでは「すぐにすぐに 追いかけて」となっている。"すぐに"のほうがより性急的なイメージを伴うように読み取れる。

また、冒頭サビでは「恋をするなら御堂筋から始まるのさ」 だったのが2番サビでは「恋をもう一度御堂筋から始めたいよ」最後には「恋をするなら御堂筋から始めるのさ」と変化してゆく。

"始まる"は他動詞であり、自分の意志に関係なく、現象として発生する行為に使われる。

それが、もう一度"始めたいよ"と、希望の助動詞を加えることで、再び恋をしたい「僕」の意志が強まっていることを表している。

最後に、"始める"と自動詞を用いることで、「僕」の意志によって恋をすることを表している。よって、これらの似た3つのフレーズは、徐々に自分の意志で恋をすることを決意する「僕」が描かれている。

 

「僕」の意志の変化は以上で理解できるが、「君」との関係性はどうなったのであろう。

Dメロでは交差点で「僕」と「君」が見つめ合い、「忘れられない 君の優しい声」を聞き「時間が止まっていく」。時間が止まっていく…というのは1秒がやけに長く感じるような感覚、つまり「僕」の驚きを表現しているようだ。

つまり、これは暗に「僕」と「君」が再会できたことを示しているのではないだろうか。

 

しかしながら、これより先の物語は誰も知れない。Dメロの後にサビが二回繰り返される中で、前述したように「僕」の心情の変化がわかる。

これには2通りの考え方がある。

⑴自分の意志で「君」と恋を始める「僕」は交差点の向こうにいる「君」に向かって追いかけている

⑵Dメロが時間軸として最後の地点で、「君」に再会する直前の「僕」の心情を歌っている

どちらが正解なのかは、あの歌詞の内容だけでは判断が難しいと言えよう。

 

私は⑴の「君」を見つけ、駆け寄る「僕」が最後のサビで歌われる解釈を支持したい。

何故なら、「早く 早く 追いかけて」が「すぐに すぐに 追いかけて」になった理由がここにあると考えるからだ。少し離れた場所で見つめ合い、時が止まった(Dメロ)あと、一刻も待てないくらいに「君」の元に向かうのは、「君」の姿を一目でも見てしまったから。そう考えると、このたった三文字の変化が、とても効果的に響いてくるのだ。


3.まとめ

改めて「大阪ロマネスク」の歌詞をじっくり眺めながら整理していくと、しっかりとした物語性のある素敵な楽曲であることがわかった。単に「大阪を舞台にしたラブソング」というだけでなく、御堂筋で恋に落ちた二人が別れ、"僕"が"君"を強く探し求め、やがて心斎橋で再会する物語だということが理解できた。このように、普段から何となく聴いている楽曲でも、その物語性の深さというものが聴く人の心に訴えかける要因にもなっているように思う。

 

この楽曲が初披露されたのは松竹座で、そこはまさに大阪ロマネスクの物語の舞台となった戎橋の南側、御堂筋と心斎橋筋に挟まれた位置にある。

この場所でこの楽曲を歌った関ジャニ∞と、この楽曲を聴いたファンは、自分が物語の人物であるかのように思ったのではないだろうか。

実際に松竹座でこの楽曲を聞いたことがない私でも、エイトの思い入れのある《あの場所》に想いを馳せることができるのだ。

 

そしてこの楽曲は、「大阪の恋物語」という軸となる部分は全くブレない一方で、「君」のイメージや、恋の結末などは曖昧な部分もあり、聞き手の想像に委ねられている。それが聞く人によって、聞く場所によって、イメージを多様に変化することができるという面を生み出しているのではないだろうか。

 

GR8EST 名古屋最終日のこと(ネタバレ無)

 

地球がバグを発生しているかとしか思えない異常な猛暑の中、GR8EST名古屋最終日に参加してきました。

私がこのツアーに参加するのは今回が初めて。

自分自身が、どんな感情で6人の関ジャニ∞を迎えるのか 全く予想もできなかった。

世間では6人が再出発を果たしているけれど、私はまだこの目に6人の彼らを焼き付けたことはないから、名古屋行きの新幹線の中で「私の中にある7人の関ジャニ∞の歴史は、今から塗り替えられていくのだな」と一抹の切なさを覚えていた。

 

 

幕が上がって、一曲目。

 

ステージに立つのは6人だって、痛いくらいに分かっていたはずなのに、やっぱり6人なんだって胸が苦しくなった。

どの曲も、「君」がすばるくんに宛てているようにしか聞けなかった。関ジャニ∞は旅立つ「君」への歌が多すぎるよ。ずっと、そういうグループだもんね。

すばるくんのパートを、亮ちゃんがエモーショナルに歌う。丸ちゃんがピッチを当てながら丁寧に歌い上げる。安くんが、すばるくんのような熱量をこめながら歌う。

「すばるくんと音程が違う、アレンジが違う」って最初はその違いに戸惑っていたけれど、きっとそうじゃない。

すばるくんの面影を無理に探そうとしていたのは私だった。彼らは彼ら自身の表現で、歌声で、歌っていたのだ。

 

関ジャニ∞は何かを頑張ろうとしたとき、何かに躓いてしまうグループなんです」と十祭のオーラスで村上さんが言っていたね。関ジャニ∞は、私たちの知らないところでも何度も逆境に立ち向かってきたグループなのだと思う。

それが、強い物語性となって、彼らの歌に込められていく。どう考えたってエモすぎる。

 

本編ラスト曲前MCで、今回の公演をメンバーがどう捉えていたのか 生身の声が聞けたような気がする。(以下、雰囲気メモです)

 

関ジャニ∞にとって、すごい大きなターニングポイントで、大きな出来事だと思います。すばる、あいつが居たからこそ今があります。あいつは男として決断をしました。僕たちがあいつに負けてたらカッコ悪い。でも、今日見て分かったでしょう?メンバーそれぞれがカッコいいんです。現実は進んでいますので、前に向かって進んで行くしかないと思います。

 

でら暑いなか来ていただいて、まいどおおきに。札幌で始まるときは、どんな風になるんだろう、って思いながら自分の中で少しずつ整理をつけていたんですけど。そうやって色々と実感するのは、こうやって実際にライブをしてファンの方と顔を合わせて、っていうことをしないと今のこの思いにはなれなかったです。

衝撃って後から来るもので、思わないほど僕自身のショックが後からきたんですよね。自分のことより周りのことを考えると、結構容量オーバーだったりするんですけど、すばるくんのファンは想像できないほどの想いを抱えているのだろうな、と。どうか自分のペースでちょっとずつ前へ自分なりの整理をつけてください。これからも僕たちについてこい!

 

6人の関ジャニ∞はいかがだったでしょうか。改めて、やっぱりこのグループのメンバーでよかったと思います。ラジオやテレビや、挨拶とかでもう結構言い尽くしたなって感じもするんですけど、それが全てではないです。

人の気持ちは変わるものだし、みんなの不安が取り除ける言葉がもし、新しく見つかったら伝えていこうと思います。
それぞれが違う顔の団扇を持っていますね。
"関ジャニ∞"っていうアカウントがあるとしたら、全員がフォローしてくれるだろうなって思います。形は変わりますが、その形がおおきくなるように、そしてみなさんからの愛を返していけるように、頑張ります。6人まだまだこんなもんじゃねーぞ。ありがとうございました。

 

これで4回目で、次 大阪ですね。北海道、名古屋名古屋名古屋…僕たちの中では4回やったし、大阪では初めて来る人も居ると思いますけど。
一個一個の公演をするごとに、北海道でも言ったんですけど、話すたびに自分の中で整理がつくんですよね。

すばるくん見にきたのにいないって人は、また来たいって思ったら来てください。すばるくんが好きな人はすばるくんを追いかけてもらってもいいです。すばるくんがおったときと、おらんときを比べるのも違うと思います。自分の好きな人を、追いかけたらいいんとちゃうかな。あと僕、関ジャムで泣いたじゃないですか。あれで、めっちゃ気持ちの整理ついたんですよね。だからみんな感情出したらいいんですよ。それで整理がつくのならいいことやと思うし。そうやって人は強くなっていくと思うんですよね。僕たちが手を引いていくので、よろしくおねがいします。

 

やっと自分の中で課題だった4つ目の場所が終わりました。4つ目というか、場所でいうと2箇所目ですけど…

何度も、ステージに立たない方がいいと、メンバーと話し合いました。大阪公演から参加すると、北海道からは1ヶ月空くので体が万全になるまで、それまで待った方がいいのではないかという話も散々話し合いました。いつものようにはいかないだろうけれど、やっぱりみんなに笑顔を届けたい。こんなタイミングだからこそ、みんなのところに行きたいって強く思ってステージに立つことができました。ありがとう。

……男が泣くなんて、って親からも教えられてきたんですけどね…

僕の素直な気持ちを受け止めてくれたメンバー、ファンのみなさん、支えてくださったバンドの皆さん、スタッフが居てくれたおかげで僕はいまここに立っています。これから一ヶ月も自分なりに成長して…

でも、あんまり期待しないでね。8/23までに、もう一度課題を立てて、新たな6人でステージに立って、涙を流した分だけ笑顔の花を咲かせられるように頑張ります。
メンバー、支えてくれてありがとう。
エイターもありがとう。

名古屋やってよかったやろ?

名古屋やってよかった!!!

 

心の状態がお腹いっぱいになっているでしょ。6人の言葉、かっこいいでしょうが!僕らはこうやって見せ続けるしかないんです。
小さいおっさんいなくても、我々ここに居るでしょうが!
皆さんは余計なこと考えずに、我々が頑張って全部背負っていきますから。何も考えずに付いてきてくればいいんですよ。皆さんは楽しむことだけ考えて、これからの関ジャニ∞についてきてください。

 

 

それぞれが、色々なものを背負って挑んだ今回のコンサートなのだなぁと思った。

大阪公演まで1ヶ月ほどの期間が空くんだけれど、それが安田くんにとっての「ひとつのリミット」であったこと。

丸ちゃんの感情の吐露、亮ちゃんが関ジャムで泣いたことを肯定的に捉えていること…

ひとつひとつ挙げればキリがないくらい、言葉の重みを感じるような、そんなとても素敵な挨拶だった。

 

 

そうして、この挨拶後の曲で、大倉くんが涙したことで、一気に会場の空気が呑まれた感覚があった。

それは、ピン、と張った緊張の糸が少しだけ弛むような感覚にも似ていた。

 

曲中にもかかわらず「泣くな、笑えー!!」って言った亮ちゃんに、泣き笑いしながらまた涙が溢れた。

 

安田くんは泣いていたファンのみんなに、アンコールで「笑顔が一番かわいいよ」って言ったね。

そうして最後の瞬間まで笑顔を届けた6人。

力強く、前を見据えて、言葉と歌とパフォーマンスで引っ張っていってくれていた。

 

いつも新しい景色を見させてくれる関ジャニ∞だけれど、今夜は なんだか、すごいものを見させてもらった気がする。

このやけにあつい名古屋の夜の思い出は、忘れられそうにもない。

 

 

 

#ジャニヲタとコスメ

 

元々全然コスメに興味のなかった私。

自分の顔が嫌いだったから。メイクのために長時間自分の顔面と向き合わなければならないって、ただただ苦痛なだけだった。 

だから、周りの大学の友人から浮かないようにドラッグストアでなんとなくコスメを購入して、毎日最低限の化粧をして、外に出ていた。それが自分にとって当たり前で、それでいい、って思っていた。

どうせ自分はブスだし、高い化粧品を使うくらいなら、元々顔の良い担当に貢ぐ方がずっとずっと楽しいんだって思っていた。美しい顔を見るのは大好きだけど、その分だけ自分の顔が大嫌いになっていった。

 

昨年ごろから、#ジャニヲタとコスメというタグが流行ってきて、フォロワーさんたちのキラキラしたコスメのツイートが回ってきた。

みんな担当にあれだけお金を注ぎ込んでいるのに、デパコスを買う余裕なんて何処から出てくるんだろう… と思う一方で、自担を紹介するような熱量でコスメを紹介するヲタクたちが眩しかった。

そんなある日、私は思い切ってデパートのコスメフロアに足を運んだ。あの独特な空気感、いかにもスクールカースト上位みたいな感じの強そうなメイクをしたBAさん(偏見)や、高い香水の混ざった匂いにクラクラしながら、これが欲しいというものは無かったけれど、とりあえずそんなに派手ではない見た目のアイシャドウを伝えてタッチアップしてもらった。

プロの手で彩られた瞼は、いつもの適当なメイクよりずっとずっと素敵に見えた。腫れぼったく見えた一重も、グラデーションによって気持ちだけ大きくなっていた。 大嫌いな自分の顔が、少しだけ好きになれた。衝撃だった。

買うつもりはなかった、いつものプチプラから10倍ほどするアイシャドウを気づいたら購入していた。

コスメを買うときめきは、アイドルを見ているときと何だか似ている高揚感があるなぁと思った。

アイシャドウを手に入れてから、ほかのコスメもきちんと選びたいなぁと思った。

素敵な変身アイテムを持つと、鏡に向かってメイクをする朝が、楽しみなひとときになった。

 

前置きが長くなりましたが、私の今の変身アイテムを紹介していく。

 

ちなみに私はPC自己診断イエベ春、普通肌です。

(はやくプロのPC診断行きたい〜〜っ!!!)

 

《ベースメイク編》

f:id:confi818:20180525002628j:image・RMK メイクアップベース

f:id:confi818:20180525002805j:image・RMK コントロールカラーN パープル

f:id:confi818:20180525003023j:image・RMK  リクイドファンデーション102

 

初心者なので、RMKに駆け込んで相談しながら合わせたものを全買いした。コントロールカラーは後から購入したんだけど、作れる透明感!って感じで自然に色白詐欺ができるので良き。夏に向けてUVや汗に強いベースメイクを考えていきたいところ。

f:id:confi818:20180525003429p:image ・YSL ラディアントタッチ

クマができるのが気になっていたときに出会った超有名ハイライター。お高いけど使いやすくて、ちょっとしたベースメイクが崩れたときの化粧直しにも使ってる。

 

f:id:confi818:20180525003720j:image・RMK グロースティック

作れる艶!!!!!指にとって鼻筋とかCゾーンにササッと塗るだけで艶を出せるスーパーアイテム。大好き。

f:id:confi818:20180525003916j:image ・ルナソル スキンコントラストフェースパウダー 01

粒子が細かいのでフィニッシングパウダーで使う。あとはお化粧直しのとき。ちょっとだけキラキラしててこれも艶感が出るアイテム。

 

《チーク編》

f:id:confi818:20180525004558j:image・ シャネル ジュ コントゥラスト 330 ローズペティヤン

臨時収入があったときに、思い切って買ったアイテム。発色がめっちゃいい。気を抜くとおてもやんになる。コーラル系ピンクなんだけど、イエベ春のために作られた色なんじゃないかな。コンビニ店員のおばちゃんにも「いい色やね〜」って褒められたことがある(笑)  チークのくせに5800円するけど、数ヶ月使っても全く減る様子がないのでコスパ的には最高。「これ、5年経っても無くならんかったで」(母談)  

 

《アイメイク編》

f:id:confi818:20180525005045j:imageキャンメイク ラスティングマルチアイベース WP

使ったり使わなかったり。でも、この手の商品って他にあまりないですよね…??

f:id:confi818:20180525005304p:imageSUQQU  デザイニングカラーアイズ 04 絢撫子

この子と出逢ってから毎日が楽しい。ピンクだけど腫れぼったくならない。控えめに言うと神。締め色のボルドーっぽい色が可愛すぎる。自分の名前が「あや」って入ってるし、私のために作られたのかなって思ってる(大嘘)

これをつけて内くんのコンサートに行きたいので内博貴LIVE2018待ってます!!!!!!

f:id:confi818:20180525005639j:image・Dior サンククルールデザイナー  508 ヌードピンクデザイン(廃盤)

初めて買ったデパコスのアイシャドウ。ラメが派手じゃないから、就活中にお世話になりました。自然に似合うメイクというものが自分を印象を良くしてくれるんだなって実感する毎日でした。右上の色がほぼついていないラメだけのシャドウがめっちゃ使いやすい。難点としては、いつまでたっても右下のライナーが使いこなせないので、高い値段を出してデザイナーのほうを買う意味はなかったかな。

 

あとはたまにルナソルのパーティコフレ(ブラウンシャドウ)を使う。

 

f:id:confi818:20180525005953j:image・フローフシ モテライナー(ブラウンブラック)

口コミで調べて買ったけど、描きやすい!スッ!シュッ!と目尻を書ける。シュッとしすぎてたまに失敗するけど。ブラウンブラックは丁度いい色味で好きです。

f:id:confi818:20180525010229j:image ・D UP パーフェクトエクステンションマスカラ

マスカラのダマになる感じが苦手なので、繊細ロングのマスカラ。マスカラ塗ってますよ感が少ない。そして今まで使ってきたものと比べてパンダ目になりにくいと思う。でも本当はブラウンマスカラを使いたいので、いい感じのブラウンマスカラがあれば教えてください〜!!!

 

《アイブロウ編》

f:id:confi818:20180525010730p:image・KATE  デザイニングアイブロウ

KATEを使うと黒木メイサになれるってじっちゃんが言ってた(嘘)

 

f:id:confi818:20180525011007j:image ・キスミー ヘビーローテション カラーリングアイブロウ

しばらく就活で暗い髪にしているので、気合の入ったメイクをするときだけ使ってる。

 

《リップ編》

 

f:id:confi818:20180525011337j:imageニベア ディープモイスチャー はちみつの香り

唇パリパリ芸人なので、年中通して必需品。はちみつって美味しいよね。(リップは食べられません)

 

f:id:confi818:20180525011603p:imageSUQQU モイスチャーリッチリップスティック 10 焦紅

モイスチャーでリッチなリップスティック!!!なんて素敵な響きなんだろう。唇パリパリ芸人の私でも艶々唇になれるアイテム。

ブラウンレッドのシックな色合いで、秋アイテムっぽい感じなんですけど、可愛いから私は年中使う。

 

f:id:confi818:20180525012003j:image ・YSL ルージュヴォリュプテシャイン 57 ルージュスペンサー

YSLの有名なやつ。いい匂いがする。食べたい。確かに可愛いんだけどすぐ落ちるし唇ズルズルしちゃうのが難点。

この色は「シティーマドンナのアイコニックレッド」らしい。コーラル系レッドカラー。シティーマドンナってなんかエロいですね。

 

だいたいこのアイテムで私の顔面を構成してます。「デパコスなんてお金の無駄」だと言っていた私が気づいたらアレコレ買っている現状。怖い……コスメは沼だ……(襲いくる物欲の波)

ただの卑屈ブスだった自分を、前向きに変えてくれたコスメと#ジャニヲタとコスメのタグに感謝しています。我らのトキメキはお金で買える!!!!!!

 

 

表現するということ

 

生きていくなかで、何事もなく安定した暮らしが出来て その中で自分の好きなことができたらいいなって私は思う。だけど、すばるくんの人生のなかの最優先事項は歌を歌うことなんだろうな。

決して愛想がいいわけではなく、口下手なすばるくんが 唯一、自分の感情を自由に表現できるのが音楽で。「歌を歌うこと」を最優先事項にしなくたって、単に自分の生活において大切なものとしてとっておくこともできる。なのに、すばるくんはそれをしなかった。できなかった、のかもしれない。とても生きづらいし、他人からすれば「もっと上手くやればいいのに」の一言に尽きるのかもしれない。でも、彼は表現者だから 上手く生きようと思ってそれができるならとっくの昔にやってるし、こんなに苦労しなくてもよかった。どんなに苦しんでも、歌のためなら全てを投げ捨てても厭わない人。そんな気迫や魂は、いつだって歌から伝わってきていた。

表現するということは、「生きること」と同義だと思う。自分の中の感情を、外の世界へあらわすこと。音楽や芸術や文学だけじゃなくて、日々の生活で生きていく行動の指針や基盤のようなもの。昔の偉人たちは、表現の自由のために戦ってきた。自分というものを強く持つ人にとってはとりわけ、表現を奪われることは、呼吸ができなくなることと同じなのではないのだろうか。

関ジャニ∞でも、いろんな景色が見れることを十分にわかっているすばるくんがそれでもなお、「もっと広い世界を見たい」と言った。彼の言葉は漠然としているけれど、表現をする人間がそう行き着くことに疑問はない。

表現というものは、大きく2つに分けられるらしい。自己の表現と、"何か"の表現だ。そしてそれは、作り手の意思を伴わず、受け手に左右されることが多い。受け手が作り手の背景や自分の感情から勝手に読み取ってしまうことだ。それはワイドナショーで清塚さんが言及していた「"愛している"という詞を歌うときにも、アイドルとしての"愛している"になる。それは寧ろ僕ら聞き手の方にそういう認識があって。どこまでいっても国民的アイドルである関ジャニ∞さんの"愛している"なんですよ。そこから出たいと思ってしまったら、どっちが良い悪いじゃなく、アイドルだから出来ること出来ないことがあって、出来ないことがいまの自分がやりたいことになってしまったら音楽家にとって決断せざるを得ない」という話にも通じること。この言葉を最初に聞いたときは、〈アイドルではできないことをやってみたかったんだな〉という言葉の表層部分で納得していたのだけれど、改めて考えてみると厳しい音楽の世界にプロとして身を置く人の、表現する人の生き方の根本を示す深い言葉だなぁと感じる。

 

関ジャニ∞から離れてほしくない、という悲しみはずっとあるしこれからもこの思いは薄れることなんてないような気がするけれど、表現者として挑戦をするすばるくんの人生を応援すると言った関ジャニ∞を否定することなんてできない。

すばるくんが居なくなることで、当然として「関ジャニ∞の表現」のかたちは大きく変化する。だけど、関ジャニ∞それぞれだって立派な表現者だから、それさえも表現の幅を広げる糧にしてくれるにきまってる。

「アイドル」とは 魔法なのか呪いなのか

 

ジャニヲタ的に頭が痛くなるような色んなニュースが飛び込んできて、「アイドルを応援すること」について考えると虚無感を覚える今日この頃。

 

マスメディアは好き勝手に言うし、世間の声は怖いし、ファン同士でも色々あるし。

 

私が夢見ているアイドルってなんだろう、と考えてみたいと思ったのがこの記事を書いたきっかけです。

 

 

アイドルが持つ、人を惹きつける不思議な"魔力"をうまく言語化して、目の前の舞台で演じられた「俺節」の1シーンが未だに脳裏に焼き付いて離れない。

 

ーー5歳の頃からアイドルを夢見て、レコ大のステージまで駆け上った少女。しかし、それは一時の夢で、年齢とともに落ち目になり CMのスポンサー会社の社長に接待するシーン

 

社長のお金でヘアヌード写真を出すことが本当にやりたかった夢なのか、と主人公に問われ、

「綺麗な服着て、お化粧をしてもらって、満員の客席でちやほやされて、田舎の女の子が魔法をかけられて二十数年。時計の針が12時を廻ってもまだ輝いているためには、ヘアのひとつくらい出さないといけないわけ!」 

 

「本当に魔法なら、そんな必要ないでしょう!?」

 

「…じゃあ呪いだな、呪い」

 

いくつになってもスポットライトを浴びたいっていう、そんな呪いにかかっちゃったの

 

夢見る呪いだよ」

 

 

このシーンを見たとき「アイドル」という夢に惹きつけられるのは、決してファンだけではないのかもしれないということが頭を過ぎった。

スポットライトを浴びることで、少女が"アイドル"という魔法にかけられて、その魔法はやがて呪いにかわっていく。

「アイドル」という名の魔力は、ファンだけでなくアイドル本人にも有効なものなのかもしれない。

 

そして、この「俺節」のワンシーンが示すように、果たしてアイドルとは呪いなのだろうか。

 

一口に「アイドル」と言っても、現在その多様性は目を見張るもので、多くのアイドルたちがファンを獲得するために様々なスタイルを打ち出している。そして、 男性アイドル 女性アイドル、ソロやグループ…と形態も多岐にわたる。そのため、一般論としてアイドルを語ることは難しいが、時代が経っても連綿と続く「アイドル」の共通認識のようなものがあるように思う。

 

普通の芸能人とアイドルの決定的な違いは、「アイドル」の語源でもある "偶像性"の有無であると考える。

 

では、アイドルの持つ偶像性とは何なのか。

私は、ファンに夢を与える、魅力的な存在であると考える。

 

「アイドルは恋愛をしてはいけない」

個人的な賛否はさておいて、これは一般的な風潮である。 何故なら、アイドルの一要素として「疑似恋愛」的な部分も兼ね備えているからだ。アイドルは特定の人のものではなく、パブリックな存在でいなくてはいけない。「みんなのもの」じゃないといけない。事実、SMAP以降 男性アイドルが長く続く存在になった いまでも結婚は許容される一方で、結婚生活を赤裸々に語ることは何となくタブーにされることが多い。

また、アイドルグループであればグループ内のメンバーとの関係性に夢を見ることもある。

あくまでもお仕事であることは理解しているのだが、ファンという生きものは アイドルというプロジェクトを成し遂げる仲間以上に 例えば「幼なじみ」や「ライバル」といった関係性を見出したくなるのだ。

 

 

アイドルは《女優/俳優》《ダンサー》《歌手》《タレント》の何処にも属さない。

属さないかわりに、全部をやっても不思議ではないのだ。トランプでいうジョーカーのような存在なのではないかと思う。だけど、ちゃんとしたジョーカーになる為には、並大抵でない努力が必要とされる。アイドル以外の本業のプロがいるところに飛び込む訳だから、当然のように風当たりはキツいという。
しかしアイドルの持つ、人を惹きつける「魅力」というものは時に技術を上回る。だから、アイドルが必要とされる場面が生まれて来るのではないかと思う。

 

 

これらがアイドルをアイドルたらしめる要素、として私が勝手に考えたことだ。

そして、「アイドル」はファンに夢を与えながら、どこか危うい信頼の上に成り立っているのに、永遠さえも信じさせてくれる存在であることが不思議で仕方ない。


ファンの数だけ「アイドル」の定義があって、アイドル自身がそれぞれ持つアイドル像だってあるはず。

『アイドルとは何か』この問いに、正しい答えなんて存在しない。

 

ここ一年で、私の推し3人が病気や怪我で入院したり、好きなグループが活動休止をしたり、色々なニュースが飛び込んできたり…とヲタク人生で出来れば経験したくないことが次々と起こった。アイドルを応援していて楽しいことは勿論沢山あるが、辛いことも大いにある。それでも、アイドルを応援することを、辞めることができないのは何故だろう。

CDを手にすると、音楽を聴くと、テレビを観ると、現場にいくと、いつだって彼らはキラキラしていて、スッと引き込まれてしまう。

 

私たちがアイドルのキラキラした魔法に いつまでも夢見てしまうのは、一種の呪いなのかもしれない。

関ジャニ∞の渋谷すばるくんへ

 

関ジャニ∞渋谷すばるくんへ」

 

こう題名を書いてみたものの、なにひとつ考えは纏まらない。
だから思うままに、書きます。

 

今日、はっと目が覚めてTwitterを開くと信じられない文字の羅列があった。テレビをつけると安田くん以外の6人が映る会見の映像が流れていた。みんな神妙な顔をして、スーツを着て話していた。そこで理解できたのは「すばるくんが事務所を退所して関ジャニ∞から離れること」だった。

数日前から、週刊誌で報道されていた件は本当に冗談だと思っていた。こんな記事、誰が信用するんだろう、と。私も、周りの関ジャニ∞が好きな友人も一蹴して笑い飛ばしていた。

 

だから会見を見てもなお、こんな悪い冗談、誰が信じるんだろうって思ってた。
ドッキリにしてはタチがわるいよ、なんて。

 

 

 

ほんとうは分かってた。これはほんとうのことなんだって。

 

 

各メンバーからのコメントが流れてきて、ようやく実感がわいてきた。
どのコメントも、それぞれが"それぞれらし"すぎて、泣きながら少しだけ笑ってしまった。 ああ、こんなときにも関ジャニ∞関ジャニ∞なんだなあ。わたしのずっと見てきた関ジャニ∞だと思った。

 

すばるくんが夢のために旅立つ選択をとったときに、「今日という日が来ないでほしかった」なんて言う横山さんや、関ジャニ∞よりも「幼馴染」としての言葉をかける村上さんや、しつこいくらいに引き留めながらも応援する錦戸さんや、あの場で渋谷すばるが大好きだと語る丸山さんや、あんなに納得のいかないようなコメントを出す大倉さんはいままで見たことのない表情をしていた。こんな関ジャニ∞は知りたくなかったよ。

こんなときに背中を打撲しちゃった安田くんは大丈夫かな。こんなときに心配ごとを増やすなんて、そういうところだぞ。まったく仕方ないんだから。



ずっと関ジャニ∞の音楽が大好きだ。

関ジャニ∞のメインボーカルはすばるくんだし、関ジャニ∞というバンドのフロントマンはすばるくんだ。

いままで、何度 関ジャニ∞の歌に救われただろう。気分が落ち込んだとき、眠れない夜、泣きたいときも、楽しいときも、いつも関ジャニ∞の曲を聴いていた。

だけど今は、そのどれもにメッセージ性を感じてしまって心が苦しくなってしまう。

 

音楽は関ジャニ∞を遠くまで連れてきてくれたけれど、すばるくんまで連れ去ってほしくなかったよ。

 

ああ、MCでクシャっとした笑みを浮かべるすばるくんが好きだったなぁ。
バラエティの言葉のチョイスが絶妙に面白いところが好きだったなぁ。
言葉で表現するよりもずっとずっと流暢に自己表現ができるのは音楽だったね。
ときに命を削るように、フロントマンとして6人のバンドを引っ張っていく歌声が好きだったなぁ。

いままでを振り返るたびに、これが「思い出」になってしまうことの切なさを覚えた。
過去形になんてさせないでほしかった。

 

「エイター」という言葉をくれたすばるくん。

誰よりも不器用なのに発する言葉ひとつが重いのは、とても真面目な人だから。器用に嘘をつけるような人じゃないから、たくさん苦労してるのも知ってた。すばるくんが一度決めたら、絶対に覆さない一本筋の通ったところを尊敬している。すばるくんには、ジャニーズ事務所では叶えられなかった夢があるんだね。

 

関ジャニ∞からすばるくんが居なくなってしまう日が来ても世界は簡単にまわるだろう。
6人の関ジャニ∞はまだ想像も出来ないけれど、関ジャニ∞を好きでよかったと私たちに思わせ続けてほしい。
関ジャニ∞を置いていくすばるくんは、誰よりも弱音を吐けない立場だろうけれど、絶対に負けないで夢を叶えてほしい。

 

 

いますぐ「すばるくんの夢を応援します」と心から言える、物分かりのいい大人になんてなれそうにないから、これだけは言わせてください。

ねぇすばるくん、夢ってそんなに大切なの?
遠くになんかいかないでよ。

関ジャニ∞の真ん中に立つ貴方を、これからも私はきっと探してしまう。