深海魚

花びらに埋もれてこのまま 死んでもいいと思った

表現するということ

 

生きていくなかで、何事もなく安定した暮らしが出来て その中で自分の好きなことができたらいいなって私は思う。だけど、すばるくんの人生のなかの最優先事項は歌を歌うことなんだろうな。

消して愛想がいいわけではなく、口下手なすばるくんが 唯一、自分の感情を自由に表現できるのが音楽で。「歌を歌うこと」を最優先事項にしなくたって、単に自分の生活において大切なものとしてとっておくこともできる。なのに、すばるくんはそれをしなかった。できなかった、のかもしれない。とても生きづらいし、他人からすれば「もっと上手くやればいいのに」の一言に尽きるのかもしれない。でも、彼は表現者だから 上手く生きようと思ってそれができるならとっくの昔にやってるし、こんなに苦労しなくてもよかった。どんなに苦しんでも、歌のためなら全てを投げ捨てても厭わない人。そんな気迫や魂は、いつだって歌から伝わってきていた。

表現するということは、「生きること」と同義だと思う。自分の中の感情を、外の世界へあらわすこと。音楽や芸術や文学だけじゃなくて、日々の生活で生きていく行動の指針や基盤のようなもの。昔の偉人たちは、表現の自由のために戦ってきた。自分というものを強く持つ人にとってはとりわけ、表現を奪われることは、呼吸ができなくなることと同じなのではないのだろうか。

関ジャニ∞でも、いろんな景色が見れることを十分にわかっているすばるくんがそれでもなお、「もっと広い世界を見たい」と言った。彼の言葉は漠然としているけれど、表現をする人間がそう行き着くことに疑問はない。

表現というものは、大きく2つに分けられるらしい。自己の表現と、"何か"の表現だ。そしてそれは、作り手の意思を伴わず、受け手に左右されることが多い。受け手が作り手の背景や自分の感情から勝手に読み取ってしまうことだ。それはワイドナショーで清塚さんが言及していた「"愛している"という詞を歌うときにも、アイドルとしての"愛している"になる。それは寧ろ僕ら聞き手の方にそういう認識があって。どこまでいっても国民的アイドルである関ジャニ∞さんの"愛している"なんですよ。そこから出たいと思ってしまったら、どっちが良い悪いじゃなく、アイドルだから出来ること出来ないことがあって、出来ないことがいまの自分がやりたいことになってしまったら音楽家にとって決断せざるを得ない」という話にも通じること。この言葉を最初に聞いたときは、〈アイドルではできないことをやってみたかったんだな〉という言葉の表層部分で納得していたのだけれど、改めて考えてみると厳しい音楽の世界にプロとして身を置く人の、表現する人の生き方の根本を示す深い言葉だなぁと感じる。

 

関ジャニ∞から離れてほしくない、という悲しみはずっとあるしこれからもこの思いは薄れることなんてないような気がするけれど、表現者として挑戦をするすばるくんの人生を応援すると言った関ジャニ∞を否定することなんてできない。

すばるくんが居なくなることで、当然として「関ジャニ∞の表現」のかたちは大きく変化する。だけど、関ジャニ∞それぞれだって立派な表現者だから、それさえも表現の幅を広げる糧にしてくれるにきまってる。

「アイドル」とは 魔法なのか呪いなのか

 

ジャニヲタ的に頭が痛くなるような色んなニュースが飛び込んできて、「アイドルを応援すること」について考えると虚無感を覚える今日この頃。

 

マスメディアは好き勝手に言うし、世間の声は怖いし、ファン同士でも色々あるし。

 

私が夢見ているアイドルってなんだろう、と考えてみたいと思ったのがこの記事を書いたきっかけです。

 

 

アイドルが持つ、人を惹きつける不思議な"魔力"をうまく言語化して、目の前の舞台で演じられた「俺節」の1シーンが未だに脳裏に焼き付いて離れない。

 

ーー5歳の頃からアイドルを夢見て、レコ大のステージまで駆け上った少女。しかし、それは一時の夢で、年齢とともに落ち目になり CMのスポンサー会社の社長に接待するシーン

 

社長のお金でヘアヌード写真を出すことが本当にやりたかった夢なのか、と主人公に問われ、

「綺麗な服着て、お化粧をしてもらって、満員の客席でちやほやされて、田舎の女の子が魔法をかけられて二十数年。時計の針が12時を廻ってもまだ輝いているためには、ヘアのひとつくらい出さないといけないわけ!」 

 

「本当に魔法なら、そんな必要ないでしょう!?」

 

「…じゃあ呪いだな、呪い」

 

いくつになってもスポットライトを浴びたいっていう、そんな呪いにかかっちゃったの

 

夢見る呪いだよ」

 

 

このシーンを見たとき「アイドル」という夢に惹きつけられるのは、決してファンだけではないのかもしれないということが頭を過ぎった。

スポットライトを浴びることで、少女が"アイドル"という魔法にかけられて、その魔法はやがて呪いにかわっていく。

「アイドル」という名の魔力は、ファンだけでなくアイドル本人にも有効なものなのかもしれない。

 

そして、この「俺節」のワンシーンが示すように、果たしてアイドルとは呪いなのだろうか。

 

一口に「アイドル」と言っても、現在その多様性は目を見張るもので、多くのアイドルたちがファンを獲得するために様々なスタイルを打ち出している。そして、 男性アイドル 女性アイドル、ソロやグループ…と形態も多岐にわたる。そのため、一般論としてアイドルを語ることは難しいが、時代が経っても連綿と続く「アイドル」の共通認識のようなものがあるように思う。

 

普通の芸能人とアイドルの決定的な違いは、「アイドル」の語源でもある "偶像性"の有無であると考える。

 

では、アイドルの持つ偶像性とは何なのか。

私は、ファンに夢を与える、魅力的な存在であると考える。

 

「アイドルは恋愛をしてはいけない」

個人的な賛否はさておいて、これは一般的な風潮である。 何故なら、アイドルの一要素として「疑似恋愛」的な部分も兼ね備えているからだ。アイドルは特定の人のものではなく、パブリックな存在でいなくてはいけない。「みんなのもの」じゃないといけない。事実、SMAP以降 男性アイドルが長く続く存在になった いまでも結婚は許容される一方で、結婚生活を赤裸々に語ることは何となくタブーにされることが多い。

また、アイドルグループであればグループ内のメンバーとの関係性に夢を見ることもある。

あくまでもお仕事であることは理解しているのだが、ファンという生きものは アイドルというプロジェクトを成し遂げる仲間以上に 例えば「幼なじみ」や「ライバル」といった関係性を見出したくなるのだ。

 

 

アイドルは《女優/俳優》《ダンサー》《歌手》《タレント》の何処にも属さない。

属さないかわりに、全部をやっても不思議ではないのだ。トランプでいうジョーカーのような存在なのではないかと思う。だけど、ちゃんとしたジョーカーになる為には、並大抵でない努力が必要とされる。アイドル以外の本業のプロがいるところに飛び込む訳だから、当然のように風当たりはキツいという。
しかしアイドルの持つ、人を惹きつける「魅力」というものは時に技術を上回る。だから、アイドルが必要とされる場面が生まれて来るのではないかと思う。

 

 

これらがアイドルをアイドルたらしめる要素、として私が勝手に考えたことだ。

そして、「アイドル」はファンに夢を与えながら、どこか危うい信頼の上に成り立っているのに、永遠さえも信じさせてくれる存在であることが不思議で仕方ない。


ファンの数だけ「アイドル」の定義があって、アイドル自身がそれぞれ持つアイドル像だってあるはず。

『アイドルとは何か』この問いに、正しい答えなんて存在しない。

 

ここ一年で、私の推し3人が病気や怪我で入院したり、好きなグループが活動休止をしたり、色々なニュースが飛び込んできたり…とヲタク人生で出来れば経験したくないことが次々と起こった。アイドルを応援していて楽しいことは勿論沢山あるが、辛いことも大いにある。それでも、アイドルを応援することを、辞めることができないのは何故だろう。

 

アイドルのキラキラした魔法に いつまでも夢見てしまうのは、一種の呪いなのかもしれない。

関ジャニ∞の渋谷すばるくんへ

 

関ジャニ∞渋谷すばるくんへ」

 

こう題名を書いてみたものの、なにひとつ考えは纏まらない。
だから思うままに、書きます。

 

今日、はっと目が覚めてTwitterを開くと信じられない文字の羅列があった。テレビをつけると安田くん以外の6人が映る会見の映像が流れていた。みんな神妙な顔をして、スーツを着て話していた。そこで理解できたのは「すばるくんが事務所を退所して関ジャニ∞から離れること」だった。

数日前から、週刊誌で報道されていた件は本当に冗談だと思っていた。こんな記事、誰が信用するんだろう、と。私も、周りの関ジャニ∞が好きな友人も一蹴して笑い飛ばしていた。

 

だから会見を見てもなお、こんな悪い冗談、誰が信じるんだろうって思ってた。
ドッキリにしてはタチがわるいよ、なんて。

 

 

 

ほんとうは分かってた。これはほんとうのことなんだって。

 

 

各メンバーからのコメントが流れてきて、ようやく実感がわいてきた。
どのコメントも、それぞれが"それぞれらし"すぎて、泣きながら少しだけ笑ってしまった。 ああ、こんなときにも関ジャニ∞関ジャニ∞なんだなあ。わたしのずっと見てきた関ジャニ∞だと思った。

 

すばるくんが夢のために旅立つ選択をとったときに、「今日という日が来ないでほしかった」なんて言う横山さんや、関ジャニ∞よりも「幼馴染」としての言葉をかける村上さんや、しつこいくらいに引き留めながらも応援する錦戸さんや、あの場で渋谷すばるが大好きだと語る丸山さんや、あんなに納得のいかないようなコメントを出す大倉さんはいままで見たことのない表情をしていた。こんな関ジャニ∞は知りたくなかったよ。

こんなときに背中を打撲しちゃった安田くんは大丈夫かな。こんなときに心配ごとを増やすなんて、そういうところだぞ。まったく仕方ないんだから。



ずっと関ジャニ∞の音楽が大好きだ。

関ジャニ∞のメインボーカルはすばるくんだし、関ジャニ∞というバンドのフロントマンはすばるくんだ。

いままで、何度 関ジャニ∞の歌に救われただろう。気分が落ち込んだとき、眠れない夜、泣きたいときも、楽しいときも、いつも関ジャニ∞の曲を聴いていた。

だけど今は、そのどれもにメッセージ性を感じてしまって心が苦しくなってしまう。

 

音楽は関ジャニ∞を遠くまで連れてきてくれたけれど、すばるくんまで連れ去ってほしくなかったよ。

 

ああ、MCでクシャっとした笑みを浮かべるすばるくんが好きだったなぁ。
バラエティの言葉のチョイスが絶妙に面白いところが好きだったなぁ。
言葉で表現するよりもずっとずっと流暢に自己表現ができるのは音楽だったね。
ときに命を削るように、フロントマンとして6人のバンドを引っ張っていく歌声が好きだったなぁ。

いままでを振り返るたびに、これが「思い出」になってしまうことの切なさを覚えた。
過去形になんてさせないでほしかった。

 

「エイター」という言葉をくれたすばるくん。

誰よりも不器用なのに発する言葉ひとつが重いのは、とても真面目な人だから。器用に嘘をつけるような人じゃないから、たくさん苦労してるのも知ってた。すばるくんが一度決めたら、絶対に覆さない一本筋の通ったところを尊敬している。すばるくんには、ジャニーズ事務所では叶えられなかった夢があるんだね。

 

関ジャニ∞からすばるくんが居なくなってしまう日が来ても世界は簡単にまわるだろう。
6人の関ジャニ∞はまだ想像も出来ないけれど、関ジャニ∞を好きでよかったと私たちに思わせ続けてほしい。
関ジャニ∞を置いていくすばるくんは、誰よりも弱音を吐けない立場だろうけれど、絶対に負けないで夢を叶えてほしい。

 

 

いますぐ「すばるくんの夢を応援します」と心から言える、物分かりのいい大人になんてなれそうにないから、これだけは言わせてください。

ねぇすばるくん、夢ってそんなに大切なの?
遠くになんかいかないでよ。

関ジャニ∞の真ん中に立つ貴方を、これからも私はきっと探してしまう。

 

 

KinKi Kidsと「羽根」論

 

 

 「KinKi Kids」と「羽根」といえば、彼ら自身も転機となった代表作だ、と言う『ボクの背中には羽根がある』が思い浮かぶ人が多いのではないでしょうか?

私は、KinKi Kidsと羽根、この2つは親和性が非常に高いと考えています。

 

まず、"キンキと羽根"の概念の中に、「ボク羽根」の世界観が落とし込まれていると前提してみる。

ずっと君と生きてくんだね

何もかもが自由だね

と、君と僕の幸せを確信するかのようなフレーズの一方、

どんな辛い未来が来ても

嘘じゃないよ

と、"幸せではない未来"を予期しているかのような、逆説的なフレーズを用いて幸せを表現している。そう考えると、「何もかもが自由」だと言った、"君と僕"の現在は本当に自由なのだろうか? …これは、自由ではないところから、自由を求めている2人の物語なのではないのか?と、深読みしてしまう。

そして、

きっと 君と生きてくんだね」

と、"ずっと"の言葉が持つ、断定するようで、受動的に"君"と生きていく運命を悟る歌詞から、ひとつだけ"きっと"を落とし込むことで、確信的、それでいて永遠なんてないよと、不確かな意味を持つ3文字に、この曲全体としての深みがより一層増していくのではないだろうか。*1

最果タヒ特集のユリイカで、彼女の作品を【逆説的ロマンティシズム】であると評する文章があった。逆説的ロマンティシズム、この言葉がこの数ヶ月、ずっと頭の片隅に残っていた。そしてふとした瞬間に、この言葉が示す意味について考えていた。真理と反対のことを言って、逆に真理をついているようなロマンティシズム。まさしくボク羽根の歌詞の世界観を的確に表現する言葉なのではないだろうか。

 

 

 

「ボク羽根」以外にも、KinKi Kidsの歌詞で他に羽根をモティーフとしたものは多くみられる。

 

  • 僕を殺してから 羽ばたくならいいよなんて/ライバル
  • 傷ついたその羽根を癒せるのは僕じゃない/futari 
  • が折れても 羽ばたきたがる/Tomorrow Again
  • 僕の想いは 夜空彷徨う白いさ 君を抱いて 羽ばたいて 永遠よりも彼方へ/Harmony of December
  • 僕等照らす 夜空の月が思ったより円くなくても 羽根を広げたら何処まででも遥か遠く飛べる気がしてた
  • 胸をつかむかわいた風に思いがけず羽根がもげても キズつけあい 君愛した 日々をここで想うよ/エンジェル

 

  • 曲自体が羽根をテーマとしている→『むくのはね

 

 


・「傷ついた羽根」のイメージ
 KinKi Kidsの歌詞中に登場する、羽根の歌詞を私が見る限りで抜き出してみたが、「傷ついたその羽根を癒せるのは僕じゃない」(futari)や、「羽が折れても羽ばたきたがる」(Tomorrow Again)、「思いがけず羽根がもげても」(エンジェル)に見られるように、傷ついた羽根の表現が多いことに気付くだろう。「傷ついた羽根」は一体、何を表現しているのだろうか。

  私は、「傷ついた羽根」は、単に人間の傷ついた心を比喩的に表現したものではないと考えている。羽根を持つ動物といえば鳥ですが、ここの歌詞でいう羽根を持つ動物は、『天使』であろう。*2
 天使が羽根を傷つけられた例で、私が思い浮かぶのはフィンランドの画家、シンベリの『傷ついた天使』である。f:id:confi818:20171031000835j:image

血の涙を流し、ボロボロに傷ついた天使。別の資料で読んだ本の中には、堕天した死を司る天使が、血の涙を流す、といった神話が残されていた記憶もあります。しかしながらシンベリは、一切の説明も残さず、全ての解釈を観るものに委ねたのだそうです。天使という、「聖なる者」「清純」「潔白」このようなイメージのものが、傷つけられたとき、この絵のように、なんとも言い難い物哀しさが頭を過ぎるような気がします。KinKi Kidsにおける「傷ついた羽根」は、このような複雑味を帯びたメランコリーな世界を表現しているのかもしれません。

 単に傷ついた人の心の比喩ではない、と前述していますが、これはこれらの歌詞の二人称(君)をそのまま天使に当てはめろ、と言いたいわけではありません。寧ろ表現したいのは、傷ついた天使のような性質を持つ、或いはそこから想起される物哀しさを持つ君(=人間)ということです。

 

・『ライバル』考
上記で省いた『ライバル』の「僕を殺してから 羽ばたくならいいよ」ですが、このフレーズも眩暈がしそうなほどに好きなフレーズです。ここで言う、「羽ばたく」は無論天使の話ではありません。曲全体を通して見るとよく分かるのですが、同い年のライバルがお互いの才能を理解して切望しつつも、屈辱に呑まれる。良くも悪くも「君がいるから 僕がいるから 世界は狂う」のだという曲。ヒリヒリするようなライバル関係の感情と同時に、こんなにも好敵手に出逢えたことは運命であると自覚しているんですよね。だからこそ、「僕を殺してから 羽ばたくならいいよ」と口では言うけれど、"君"は"僕"を決して 殺せやしないことをとてもよく理解しているはずなのです。"宿命のライバル"という言葉がありますが、宿命は命が宿る、つまり生まれたときから決まっていること。運命とは運ばれた命、つまり自分次第で変えられるもの。ライバルで描かれる2人の関係性はまさしく「宿命」に近いのだと思います。

 

・『むくのはね』について

何年も 何十年も 優しい気持ちでそっと見つめているよ

と、ひらがなのタイトルで表記される柔らかな雰囲気とともに、幸せで暖かなサビの歌詞のこの楽曲ですが、2番のAメロBメロでは

こわれかけた心は 紛れ込んでしまった闇の中で

聴こえたものを紡いだ はばたく痛みと胸につのる想いを

と、こちらも「闇」であったり、「痛み」というフレーズが用いられている。ボク羽根における逆説的ロマンティシズムのような構図がこちらにも見られるのではないでしょうか。

 

 

-まとめ-
もともと、フォロワーさんの『KinKi Kidsで噛みしめる眩暈がするフレーズ十撰』に便乗して、ブログを書こうとしたのですが、気づいたらKinKi Kidsと羽根だけでこの文量になってしまいました…!!!長々と書いてしまいましたが、【結論】KinKi Kidsと羽根、天使のモティーフの親和性ってすごい高いですよね!ってことが言いたいだけの文章です。「ボク羽根」をきっかけに、KinKi Kidsフレーズにおける「羽根」は、仄暗い天使の物語性が付与されているかのように読み取れなくもない…と考えています。因みに、私の掛け持ちしている関ジャニ∞で羽根が用いられるフレーズは「その羽を大きく広げて飛び立つ前に」(輝ける未来へ)や、「世界は羽ばたく(1.2.1.2)日本の未来へ(1.2.1.2)」(S.E.V.E.N転び E.I.G.H.T起き)と、「未来へ羽ばたく」意味合いで使われていて、とても対照的です。

 今回、Harmony of Decemberについては言及できませんでしたが、これもその後のフレーズに「消えないでいて」とあるので逆説的なんですよね。儚さが際立つフレーズです。
 

以前、やめPUREをテーマに「一体誰が"天使をやめないで"なのか」という歌詞論考(という名の妄想)を途中で放棄しているものがあるので、今後書く余裕があればそれも付け加えれたらな…と思っています。(概要としては、「天使をやめないで」と言っているのは第三者であるとして、それは誰なのか、天使でありながら羽根を伏せ、時間を止めようとし、孤独である主人公像とは?)
こういう無駄な歌詞解釈は趣味のようなものなので、もしも解釈が異なっていたり、「これは違うじゃねーか!」っていうのがあってもお願いですので刺さないでくださいね……

*1:光一さんの提案でここの歌詞を変更したという話は後世にも語り継いでいきたい

*2:この場合、単にライバル関係にある2人のどちらかが上にいく、という比喩的な表現の動詞として「羽ばたく」を用いる『ライバル』は含まない

安田くんのすきなところ88個

安田章大くん、33歳のお誕生日おめでとうございます。記念に、自分が安田くんのすきなところを88個挙げていきました。

 

1.ちょっとつり上がった、ぱっちりとしたアーモンドアイ
2.気持ちよさそうにギターを弾く姿
3.ギターチェンジする時の真剣な顔
4.ハイハモの歌声
5.ざらついたような低音域の歌声
6.褒められたときの困ったような顔
7.命を削るような演技
8.香水やディフューザーなどの薫りが好きなところ
9.しかも女の子みたいな匂いが好きなところ
10.自然児なところ
11.周りに気を遣いすぎて自分が後回しになるようなところ
12.レディースの服も難なく着こなすところ
13.芸術肌なところ
14.大事な時に限って日本語が下手くそで伝えたいことが2割くらいしか伝わってないところ
15.横山くんに甘やかされて弟みたいな顔をしているとき
16.すばるくんの歌声に心酔しながらギターを掻き鳴らす姿
17.村上くんにボケを拾ってもらって嬉しそうな顔
18.丸ちゃんとコンビ芸をして、似たような顔で笑ってるところ
19.亮ちゃんのことを「りょお」って呼ぶ声
20.大倉さんと昔からのツレ感を出すところ
21.5箇所も開けているピアス穴
22.時々見れるへそピアス
23.アイドルは偶像だけど、リアルでいたいという心構え
24.親しい人には本当に優しいところ
25.お酒に強いところ
26.たまに隠しきれないアマのヤンキー感
27.安田くんに関わった人はみんな安田くんのことを好きになる魔法をかけちゃうところ
28.身体は小さいけれど舞台上では大きな存在感を見せてくれるところ
29.ポップでキャッチーなメロディーメーカーなところ
30.綺麗な二重線
31.「静」と「動」がはっきりしたダンスのキレ
32.コロコロ変える髪型でヲタクを翻弄してくれるところ
33.本人の書く「安田章大」の文字の色気
34.巻き舌と狂気じみた表情の「象」ソロパート
35.一行の歌で、物語を構築してくれるところ
36.海が好きなところ
37.髪型でファンを翻弄してくれるところ
38.意外とオトコらしい腕の血管と筋肉
39.なんでも器用にこなすのに、謙虚すぎる姿勢
40.MCで注目されたときの、困ったような笑顔
41.言葉にするのは苦手だけど、それでも言葉にしようとしてくれるところ
42.安田くんの書く絵
43.色彩感覚に優れているところ
44.関ジャニ∞に必要な楽曲をつくれるところ
45.音楽の引き出しが豊かなところ
46.柔和に見えてかなりの負けず嫌いなところ
47.器用貧乏を突き詰めて自分の武器にしたところ
48.自分自身の表現よりもグループを優先するようなところ

49.笑いすぎると泣いちゃうところ

50.海驢耕治くんに出会わせてくれたこと

51.「この役は僕がやってよかったな、と終わった時に思ってもらえる」と舞台が始まる前から言い切っていた姿

52.自分で自分が設定した高いハードルを越えてきてくれるところ

53.何でもないような顔をして、その裏にはとてつもない努力が隠れているところ

54.不言実行なところ

55.世間には出さない自己満足の曲のストックがたくさんあるところ

56.それが自分自身のアウトプットの手段であること

57.掴み所がなくて、いつまで経っても安田章大の謎解きができないところ

58.寧ろ、その余白を与えてくれることでファンに夢と考える余地を与えてくれているところ

59.ステージの上に立って表現するときの、鋭い目つき

60.冷静にエフェクターを踏む姿

61.天然発言と冷静に物事を捉えているときの発言のギャップ

62.アンコールで口パクで「ありがとう」って沢山言ってくれるところ

63.手話で「好き」「愛してる」とメッセージを伝えてくれるところ

64.趣味が仕事に繋がってるところ

65.自分を「無色透明のカメレオン」と言うところ

66.決して他人を否定しないところ
67.ステージ上では、疲れていても絶対手を抜かないところ

68.疲れやしんどさを周りにまで伝えないように配慮するところ

69.アイドルとしてのプロ意識とプライドを持っているところ

70.本人は真面目なつもりなのに天然で面白くなってしまっているとき

71.クリエイトするときの「感覚」と「客観性」のバランス

72.全ての表現において「魅せ方」を意識しているところ

73.楽曲ごとに憑依するかのような変化をみせてくれるところ

74.その表現のバリエーションの豊かさ

75.表現をやろうと思ってしているのではなく、その場の雰囲気とテンションによって引き出されているところ

76.家族への愛情が深いところ

77.老若男女、虫や動物にまで優しいところ

78.ファンを「人生の支え」だと言うところ

79.好きなものを目の前にしたときのキラキラとした目

80.笑うと皺ができる目尻

81.何でも器用にこなすけれど、生き方は結構不器用なところ

82.メイキングで素でマイペースになっているとき

83.何事にも真摯で真面目な姿勢

84.どんなに親しい間柄でも礼儀を忘れないところ

85.時々頑張りすぎちゃうところ

86.安田くんが安田くんらしく在ることができるのが関ジャニ∞だということ

87.いままでもこれからも、最高のアイドルでいてくれるところ 

88. 88箇条の言葉では伝えきれないほど安田章大くんは最高の自担であること

Summer Paradice「内博貴 LIVE 2017」

私が人生で初めて好きになったアイドルは、内博貴だ。

 

私が人生で初めて行ったコンサートが、2011年の内Q?の夏ツアーだった。

 

こんなにもキラキラした人が、この世には存在するのか、と 一番後ろの席だったけれど、確かに、そう感じたことを思い出す。

 


オダサク、ペールギュント、グレイトギャツビー、ウチクレバ、コメディトゥナイトにEndless SHOCK…内くんが演じる役が歌う歌声は何度も聴いてきた。だけど、内くんが歌う、彼自身の曲は、ずっと聴く場所がなかったのだ。 

 

そして、2017年8月。
6年ぶりに内博貴が、何者でもない「内博貴」として歌う姿を見に行きました。

 

 

 

オープニング、宇宙が映される幕の向こうで、シルエットが浮かび上がる。

 

M1「今、此処に」

願いはきっと 時を越え 魂はずっと消えないで 伝わるよ だから はじめよう…

バラード調に歌い上げたあと、バンドを引き連れた内くんが登場する。

些細なことでいつも つまずきながら歩いてた 数えきれないほど 間違った道もあった

この歌詞には余りにも、思い浮かぶ光景がありすぎる。彼を応援していて、願いが叶うことは そう多くないかもしれない。だけれども、

今、此処に 君がそう在るということ それは奇跡と呼べるんだ

4年ぶりの内博貴としてのライブ。まさにそれは、奇跡と呼べて。今、この瞬間にぴったりで。ひどく夢のような、現実だった。

 

M2「Believe my story

やっぱりまだ夢心地のままで。この間も歌ってたんじゃないかな?ってほど自然に、15歳の時の歌を 30歳になった、彼が歌うものだから。イントロに入った瞬間、一気に時代を引き戻して、ここは内博貴のステージだ!と否応がなしに 認識させるような、そんな魔法をかけてくれる曲。

 

M3「Let's go! Let's go!」
「今は頼りない奴でsorry!」って言う癖に「君の願いごと 全部叶えてあげるよ」って、若い時の曲が故の勢い。なんて無責任なヤツだ…って思いながらも、無条件で着いて行きたくなってしまう。この憎めない可愛さこそ、内博貴ism。

 

M4「星ひとつ」
内くんは、(おそらく後天的に)ミュージカルや舞台の訓練のお陰で、曲によって声色を使い分けることができる。
この曲での内くんの歌声は砂糖菓子のように甘ったるい。この種類の声は、ソロのライブじゃなければなかなか聴くことのできないと思う。

 

M5「Master key」
6年前のMCでも、18歳の時の歌だからキーが高くてツライので半音下げたい…みたいな話をしていた記憶がある。でも、ファンがこの曲にとても思い入れがあることを、きっと彼は知っているのだと思う。大切な曲だからこそ、無理してでもそのままで必ずセットリストに入れて歌ってくれている…と、身勝手なファンの想像だけれど、そう考えている。

そして30歳のMasterkeyはエロいですよ…。夜を匂わせるような、大人な歌詞なのですが、本人もそれはそれは妖艶に歌うので、内くんに抱かれたかな?って思いましたよね……
照明も気合が入りまくっていて、レーザーガンガン飛ばしてくれて、大サビ〈祈りのように 抱いたのに〜〉のところでレーザーの檻に囚われる内くんが最高でした…(性癖)

 

M6「愛って?」
先ほどの曲とは一変、微笑みながらこの曲をこれまた 胸焼けがしそうなほど甘ったるく歌われて、たまらん曲です。かっこいいのにかわいいって何なのだろう……勘弁してほしい……。

 

M7「3ピース」
やっぱり内Q?を思い出してしまう。
「これからあるであろう 困難が待っていようとも」が ガッキーのパートで。自然と歌ってくれるから。この曲には、バイオリンの間奏が必要不可欠だから。2人が出演してくれることが、純粋に嬉しいなぁと思ったのです。

 

M8「Crave It」

M9「Juicy
内担が好きなやつ。オトナの色気を振りまきすぎて、R-18かな??って……。まぁ、エロいです。エロい(語彙力の消滅)。

 

MCはニュアンスのレポを、Twitterの方で落としているので割愛。

 

M10ジャニアイの曲は英語詞で美しい旋律の曲だった。劇中で僕が歌ってない曲だけど、一部しか歌われてないので…埋もれるには勿体無い曲。みたいなことを言っていました。

 

内くんが「やりたくて、念願が叶った」という舞台グレイト・ギャツビーの劇中歌、

M11「My Life」
地位、名誉、財産…全て手に入れたはずの男が、全てを失って、人生を振り返る曲。
グレイト・ギャツビーを観劇する度に、歌声に圧倒されて 悲しいわけでもないのに、涙が勝手に溢れてきた思い出があります。

 

M12「24時間 with me」

M13「ANSWER」

M14「Fighter」
怒涛のV.WEST曲メドレー。この名曲が内博貴LIVEでしか聴けないのは勿体無さすぎる……。

抱きしめたいと願うときほど どうして君はそばにいないの?

 

愛はこうしてずっと僕を悩ますかな 半透明の宇宙の中で いつでも触れてくんだ


歌詞がとびきり可愛くて、目の前で歌う内くんが美しくて、世界の綺麗なものだけを集めたみたいな空間だった。

内くんはファンのために、ライブをやってくれているんだなぁと 甘やかされている実感が緩やかに身体を侵食していく。

 

M15「0の誓い」
魂の叫びみたいに、「生きる意味 欲しいよな?」って歌うんですよね……。諦めながら生きたくない。0(ゼロ)に誓う、って何なのだろう…って考えると、私は0に戻った立場なのかなぁと邪推してしまう。(或いは、舞台上の0番、センターの立ち位置っていうのもあるのかもしれない。)

「鼓動鳴らして」生きる意味や、自分自身にも、内くんにも、無意識に歌詞を重ねてしまう曲。

 

本編ラストはM16「Share our heart」
「同じ未来を見つめてたい」と言われたら、ずっと内くんを応援しない訳にはいかないじゃないですか。
大サビに入った瞬間、ペンライトと照明でピンクに染め上げられた空間に、銀の紙吹雪が舞っていて、ピンク色が乱反射する空間の中で歌う内博貴は、眩いほどに美しかった。

 

22日のMy Life前のMCで、ピンクに染まったペンライトの海を見て、
「なんでみんなピンクなん?俺のカラーやから?…泣けるわぁ」って言ったこと、ちょっと笑いながら言ってたけど、本人がこうやって言ってくれたことに救われたような気持ちになったよ。内くんには公式ペンライトがないから、トラジャ担さんのお陰だと思う。本当に感謝しています。

 

アンコールで、2日連続 新曲…と見せかけての「スキなだけTODAY」
腕が筋肉痛になるまでタオルを振り回して、喉が痛くなるまでC&Rをして、最高だった。
「Hi!Hi!HIROCKY!」内博貴の、内博貴による、内博貴のための曲なので楽しくない訳がない。

内くんは、歌手でも舞台俳優でもない。アイドルなんです。

ひたすらキラキラしてて、カッコよくて、甘い歌声で。 そして、笑顔が一番似合う。

 

アンコールで博貴コールができる、ということも幸せだったし、2日目のダブルアンコールではびっくりするくらい声が揃ってたね。
ダブルアンコールは、リハしてないからセトリ中から選んでくれた曲が、「今、此処に」
奇跡みたいなこの時間がもう終わってしまうのか…って切なくなっていたところに、
「ライブって楽しいな!来年もやろうぜ!」って約束をくれる内くんが頼もしくて仕方なかった。

自分自身の意向だけじゃなくて、ファンの声があったからこそ 実現できたこのライブだと、彼はそう言ったけれど。ファンの声だけでは実現しないのも事実で。
だから、お互いに実現したいと思える未来の約束があることが嬉しくてたまらない。

次のライブも、楽しみにしています。

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はじめてのえびコン感想文

フォロワーさんにA.B.C-Zのコンサートにお誘いいただきまして、大阪城ホールで開催された、A.B.C-Z 5Stars 5Years Tourに参加してきました!

 

 

因みに、私は関ジャニ∞マザーテレサこと安田くんが担当で、KinKi Kidsと滝翼のデュオ沼を住居としております。

 

これ以上担当ユニットを増やすのは経済的にキツいな〜〜と思いつつ、好きになってしまったものはしょうがないというスタンスです。だって、それは、恋なんですもの………(小声)

 

 

 

〜えびコンまでの経緯〜

元々原作が好きで、探すとチケットのお譲りが見つかったという理由で、コインロッカー・ベイビーズの大阪千秋楽公演に入る(→当時のブログがこちら「コインロッカー・ベイビーズ」を観劇してキクに落ちたジャニヲタの話 - 深海魚)

既にこの時点で河合さんを性的な目でしか見れなくなっていました

 

→暫く経って、今回のツアーが発表されてフォロワーさんに大阪公演をお誘いいただく。


意気揚々と私にえび沼へと手招きくださったフォロワーさんことユミさんはコンサート前にこんな曲目リストまで送ってくださりまして…!

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ね、めっちゃノリノリでしょ????さては私がえび沼に落ちるのを知ってたでしょ?と言わんばかりの…この…(本当にありがとうございます)

そんなこんなでリストの曲をしっかり聴きながら、当の私もノリノリでプレ販も行っちゃう。

(この時点で「えっ、えびってこんなにカッコよかったの〜〜〜〜……」と心の中で叫びながら、なんやかんやと購入してしまう私、既にビジュアルの良さにやられているのである)

 

 

〜コンサート当日〜

そんなこんなでコンサート当日を迎えたのであります。

城ホールに入場すると、何やらイケメン達がキャッキャしている映像が。(どうやら台湾で撮影された写真集のメイキングらしい)
なんだろう、このホスピタリティーの高さは……と思いつつ、赤ちゃんのガラガラフォマライトを片手に、そして私のコンサートの必需品であるメモ帳と双眼鏡を下げて開演を待ちます。

 


〜開演〜
OP映像からめっちゃかっこいい。詳しくはえび担さんがレポを書いてくださっていると思うので、割愛させていただきますが、メモ帳を見ると「めっちゃとぶ まわる」って書いてある。知ってたーーー!!!!!!めっちゃ飛ぶしめっちゃ回る集団なのは知ってた。知ってたけど、思わず書かずにはいられないほどに、めっちゃ飛ぶしめっちゃ回ってたんです……
そして色鮮やかなペンライトの海に、目で見て楽しい演出の数々。やっぱりキラキラしたアイドルは最高だな~~と、この世の真理を再実感した。

 

 

・それぞれのメンバーの印象とコンサート拝見後の印象


戸塚さん
イケメンの人。顔がタイプ。

 

→顔が良い。とにかく顔がかっこいい。ソロコーナーではシュッとしてバンドをやっているかと思ったら、突然ポエムを朗読しだす。え、大丈夫なの?これは、通常モードなの???? でもやっぱり顔が良い。そして、顔が良いのに本人はあんまり自分の容姿に興味がなさそうな感じの雰囲気…。あれ、どっかでこういう人見たことあるなぁ…??わかるよわかる…って納得してしまった。

 

河合さん
静止画の帝王の人。コイベビで、どちゃくそエロいキスをぶちかましてくれたイメージが強すぎて暫くテレビで見る度にしんどかったです

 

→お笑いポジションなのかイケメンポジションなのか はっきりしてください!!!ネタに走ってるように見えて顔がイケメンすぎるのでネタになってないよ〜〜って言いたくなるのは私だけでしょうか…。あとコンサート中に発するファンへの一言が常に小慣れてる感があって良い。自称「ジャニファン」らしいけれど、MC中に意気揚々と今回のセットは「少年御三家」のセットに似ている、と語りだした河合さん……。君はファンではなくヲタだよ……。そして、「粉もん」の発音が「メタモン」と一緒だったの絶許だからね(大阪府民)

 

塚田さん
アウトオブ金髪筋肉塚ちゃんでーす!の人

 

→めちゃくちゃアクロバットすごい……。めっちゃ飛ぶし回るえびの中でも、際立って飛ぶし回ってた。そして何より、塚リカちゃんが可愛い。塚リカちゃんが登場したとき、塚ちゃんはお笑い担当ポジションだから、ネタなのかな???って思ってたんです。

歌い出した瞬間に気づいた。彼女は、ホンモノの女子ドルだ。
気がついたら私も、\リカちゃん!リカちゃん!リーーーカちゃん!!!!/って叫んでた。リカちゃんつよい。ほんまに可愛いな…と思ってたら、突然アイドル衣装を脱ぎ捨てて、セクシー衣装でポールダンスをはじめるリカちゃん。やっぱり身体能力の高さがすごい(無駄に上手い) そして、MC中に河合さんの天然発言のフォローをするあたり、意外と常識人…?この辺に気が付いたら、ハマりそうで怖いので退散する

 

ハッシーちゃ

すばるくんがいつもお世話しているになっている人。コイベビでは、儚く鬼気迫る演技がとても良かった。

 

→【結論】かっこよくて、憎めなくて、努力を惜しまない、美しい末っ子はいい。
ニコニコお兄ちゃんの話を聞きながら、たまに毒を吐く姿が何処となく大倉くんに重なって見えたよ。
「愛してるよ」って何度もファンに向けて言ってくれたけど、私、アイドルに「愛してるよ」って言われ慣れてないものでして、最初はギャグかな??って思ってました、申し訳御座いませんでした。(某王子に「このコンサートの間の3時間は俺のこと、王子とか彼氏と思ってもらってもいいですけど、終わった瞬間キッッパリ別れますから!!!」と言われるのに慣れてしまった故の症状)
ああ、、彼は信じる宗教が違う人だったんだ!!!根っからのアイドル思考なのか!!!と気づいたのは、後半からでしたw
しかしあの顔の麗しさで甘い言葉を繰り出すのは、中々パンチがすごい。ハッシーが呟く愛の言葉で一国を築けそう。 

 

 五関様

申し訳ないんですが、あんまり印象がなかったんですよ。年上の、落ち着いた雰囲気の人だな〜?って感じでした。


→ソロコーナーで、自ら羽根を纏いながら、そして背後の画面に大きな翼が五関様に生えているように見える映像を見た瞬間、降伏しました。
五関様は我々しがないジャニヲタの為に天から舞い降りた使いであられることを、目の当たりにしました。圧倒的自己プロデュース能力、あの演出を見て恋に落ちないヲタクなんて居ないんじゃないか??と思いました五関さんとは恐れ多い五関様と呼ばせて頂きたく存じます(ここまで一息)
そしてダンスの動き、ひとつひとつが無駄がない。え〜〜ダンス上手いな〜〜〜〜。雰囲気から溢れ出るロイヤル感。まさにパーフェクトアイドル五関晃一様(しんどい)

花言葉で、ハッシーの「幸せになろう」パートを初日昼公演では五関さんが歌っていたんですよね。正直、プロポーズかな???って思いました。7/30は五関様との結婚記念日ということでいいですか???


神様の最高傑作のシンメKinKi Kidsと、奇跡を積み重ねたトンチキラブリーホップアイコン滝翼というシンメ厨の私なのですが、えびには塚五というこれまた恐ろしいシンメのシンメ性を見つけてしまい、ここに突っ込んだらもう抜け出せない予感をヒシヒシと感じております。(押すなよ!絶対押すなよ!これはフリじゃないぞ!)

 

そして今の所の推しは五関様かな…といった感じです。だって、ふとした瞬間にソロコーナーの五関様を思い出すんですよ。無理…ッ。

 ということで、はじめてのえび沼の淵にいます。私。

トンッと押されたらいつでも落下してしまいそう……。