深海魚

花びらに埋もれてこのまま 死んでもいいと思った

丸山さん座長「マクベス」観劇してきました。(ネタバレ有り)

マクベス、行ってきました。
チケットは全滅したのですが、有難いことにフォロワーさんに譲っていただき観劇できる運びとなりました。思うことがありすぎて文章にしたのですが、無駄に長い&個人的な解釈ばかりです。


以下、ネタバレあり感想

《セット》
シンプルな舞台セット。左右に扉と階段、それが二階部分につながり、セットの奥に木が茂る。セットの奥や、中央の大きな扉は奥が透けて見え、それを用いた演出もありシンプルながら奥行きを感じた。後半、一階部分の扉が鏡のように映る場面があるのにも注目したい。

 

《音響》
ラッパ音や効果音の音源に加え、パーカッションとチェロ2名。マクベスの精神的混乱を現すかのような耳鳴りの音はビブラフォンボウイング(コントラバスなどの弓を使って鳴らす奏法)で表現。物語のキーとなる部分にベルの音がする。ティンパニの重厚な低音が臨場感をもたらす。

 

《物語》
・一番大きな改編のある冒頭部分について
物語の冒頭は魔女3人のシーンから始まる…と思いきや、戦闘のシーンより始まる。勇敢に戦うマクベスの瞳に迷いの色はない。使者から戦いの勝利を告げられるマクベス。これで戦いは終わったにもかかわらず敵はマクベスに襲いかかる。最後の1人まで刺したところ、その人の元に2人の青年が駆け寄る。どうやらマクベスが刺した人物の弟らしい。弟は、マクベスを睨みつけ、切り掛かる。マクベスはそれを躱し、弟らも殺すが後悔の念を感じる。ここで、原作1幕3場のマクベスの台詞、「こんな、いいとも悪いとも言える日は初めてだ。」
マクベスに刺され、倒れていた敵がヨロヨロ起き上がりマクベスの周りに群がる。まるでマクベスを呪う亡霊のようだ。その亡霊のうち三人が舞台上で不思議に踊る。瞳の部分だけが光り、なんとも不気味だ。ここで原作の冒頭の台詞に移る。魔女が魔物(男)に変更されているのもこのマクベスの大きな特徴であった。
そして物語は原作の通り、駆け抜けていくように進んでいく。

・登場人物について
マクベス夫人の第一印象は、やけに近代的でフェミニズムな雰囲気を感じ、この物語から浮いた印象を受けた。原作を読んで、マクベス夫人は夫を唆し王を殺させ、自らの地位を上げる為の悪女といったイメージであったのだが、丸山版マクベスにおけるマクベス夫人は、パンフレットにあったように、夫のために身を尽くそうとした結果、手段を選ばなくなり破滅していった女に見えた。その姿は非常に女性らしい姿であり、夫に王を殺させるという一見すると野心ある男性的な行動も、実は全てマクベスを想ってのことであったのではないかという推測もできる。

 

マクベスに仕える人物達というのも個性的で、それぞれに意思が働いて行動していっているので、この「マクベス」に生きる全ての人物にもストーリーがあるのだと感じた。(一度しか観劇できないので、この辺りは曖昧なのですが何度か観れたらマクベスの周辺にも感情移入することのできる余裕も生まれるのかなぁと思いました)

 

マクベスが没落していくにつれ、遠藤さん演じるマクダフの真っ直ぐな忠誠心が際立ち、この物語の中で秩序というものはあまりない印象を受けたのだが、マクダフを見ていると安心できる部分がありました。何より遠藤さんは安定感のある演技が素晴らしい役者さんでした。

 

マクベスについて
丸山さんの「マクベス」主演が決まったときにツイッターで流れてきた概要が「普通の男が、徐々に狂っていき殺人までも厭わないようになり破滅するストーリー」といったようなものを読んだので私のマクベスに対する印象はそれに依拠するものだったのですが、私の見た丸山さんのマクベスはまた少し違った表情をしていました。
まず、マクベスは非常に優しく繊細な男だということが丁寧に表現されていました。
また、マクベス夫人やマクベスが特に多用する「男」という言葉。これはマクベスが女性らしい繊細さを持つからこそ強調される言葉です。
マクベスが最初に王を殺しても尚、その呵責によって魔物は姿を消しません。(魔物=後悔の念によって生まれる。よってマクベスの優しさの象徴とも取れる)しかし、「王を殺す」ことで王の座を手に入れたマクベスの人格は、確実に破滅へと向かっていったのでした。
マクベスは柔和な男でありながら「王の座」に固執したために、その為なら何も厭わなかった。しかし、その度に虚妄に襲われ、病んでいく。
魔物から受け取った注射を打った後が大きなターニングポイントとなり、マクベスの心は変化し、破滅へと向かうスピードが更に増していきます。
最後の戦闘のシーンのマクベスは完全に殺すことに迷いはない目をしていました。正常な精神のマクベスによる戦闘のシーンが冒頭にあることで、クライマックスのシーンの戦闘でのマクベスの異常さが引き立つ。殺陣の刀の振り方一つとっても、トドメのさし方をとっても、違う人格になったようでした。

 

これだけでも複雑なマクベスの心境の変化があることが分かると思うのですが、それを台詞一行ずつ表情を変えて見事に繊細に表現してみせた丸山隆平さんが素晴らしかったです。


鈴木裕美さんがキャストの皆さんに「疾走感のあるマクベスに」と言ったように、駆け抜けるようにストーリーが進んでいきます。ぼーっとしていると置いていかれます。これだけの舞台をこの公演期間中、ときに1日2回演じる役者の皆さんは本当に凄いです。

 


私が観劇したのが6/30と幕が開けて間もないこともあり、ゆったりとしたシーンで少し台詞間違えなどがあったのですが、集中を切らすことなく休憩なし2時間30分。これがもっと進化したマクベスというのも見てみたいです。なにより、狂気というオーラに包まれた丸山さんが舞台上で座長を務めていることがただただ素晴らしかったです。
千秋楽まで、無事に走り続けられるように祈っています。

 

 

追記:(自己解釈諸々)

・物語序盤マクベスに感情移入していたが徐々に客観的に見れたのはシェイクスピアが意図したものなのか?

→物語5幕は戦況を伝えるマクベスの出演しないシーンが多い。物語の終盤ではマクベスの心は決まっていたため、状況だけが刻々と変化する様子が伝えられる。これが一種の客観性を生んだのではないだろうか。(敢えて感情同化させないように構成している原作に沿ったかたちをとったのではないか)

 

マクベスと夫人のラブシーンは必要なのか?

→繊細なマクベス、野心のある夫人は女性的な面と男性的な面をそれぞれ逆転して持っている。しかし、夫人はマクベスに同情し夢遊病となる。マクベスもまた、夫人のために手を汚し、病気の夫人を気遣う。夫妻の愛がお互いを狂わせ、破滅させたという解釈も可能であるので夫妻の間の愛情を視覚的に表現する必要があったのでは? また、そのような夫妻なのに、夫人の死を「あれもいつかは死ななければならなかった」と淡々と告げるマクベスの異常さを際立たせることもできる。

 

堂本剛さんを好きになってから、世界の色がほんの少し変わった話

つよしさんの誕生日のときから、つらつら考えていた、私にとってつよしさんはどんな存在なのか、改めて考えてみた。

例えば誰かに「あなたの担当は?」と聞かれると躊躇いもなく安田担と答えるだろう。つよしさんも担当と言ってしまえば担当だけど、なんだか腑に落ちない。それは私が掛け持ちに対して違和感を覚えるとかそういうわけでもなく、担当だとかそうでないとかの線引きは人によって曖昧なものだから、私のつよしさんへの応援スタンスに名前を付けようとするのはやめた。ただそれだけなのである。



いつ私がiPodに「ROSSO E AZZURRO」をインポートしたかは覚えていない。多分、中学生の頃ジャニーズのアルバムを近所のレンタルショップで借りれるだけ借りていた時期があったからきっとその頃からだと思う。安田くんの尊敬する先輩の音楽だから聴いておこう、確かそんな感じだったのではないか。このアルバムは私に聴かれることなく、ずっと眠り続けていた。



忘れもしない、高校2年の冬のある夜。私は暗い部屋に閉じ籠って、呼吸を整えていた。発作が起こったのに袋がなくて、このまま放っておいたらどうなるんだろう、どうなっても良いとすら思った。原因は家庭内の問題だったし、今となっては解決したことではあるが当時の私は、深く心に突き刺さった棘を抜く術はなく、止血をする術もなかった。あの日のことは、具体的に書くと精神的に苦しいので非常に抽象的ではあるけれどこれで許してほしい。

その夜に、私を救ってくれたのは「Panic Disorder」だった。
今まで不協和音としか思えなかったイントロが、そのときの心の色と重なった。

不意に襲う呼吸困難に
やつれた心はたくましく
力強く生きてる

この歌い出しに酷くドキッとした。

貧弱な魂は
孤独を自由と叫ぶ

ああ、闘わないといけないんだと思ったことは鮮明に記憶している。



それから沢山彼のことを調べた。こんな歌詞が書けたのは誰よりもつよしさんが闘っていたからだと知った。
眠れない夜も、朝焼けのピンクが美しいことを知った。永遠など存在しないからこそ、たった一度の人生を人は生きているということ。
でも、心の中にそっと叶う永遠もあるということ。
求めるより与えることで生まれる愛があるということ。
愛に溢れた優しい人だから、愛無き言葉に傷つけられて、それでも愛をすることを諦めない彼が好きだと思った。





あれから3回目の春を迎えた。今年の桜も美しかった。やっぱりつよしさんに担当といったようなラベルを貼ることは出来ない。どこまでも重いヲタクであるとは自覚している。
つよしさんが提示する、「僕なんかに依存しないでね」っていう言葉は、突き離しているようだけど、ずっと一緒に居られるためだと知っているよ。叶う永遠をつくるために。
遅ばせながらですが、堂本剛さん37歳おめでとうございました!




沼があれば飛び込めばいい

今年、私が行った現場は25公演ほど。今まで年に5公演程度だったのに私に何が起こったのか。 

A.目の前にある沼に飛び込みまくった。

今年行った現場のジャニーズを並べてみると、関ジャニ∞KinKi Kids堂本剛堂本光一タッキー&翼、V6、内博貴。元々私は関ジャニ∞のファンなので現場は関ジャニ∞のコンサートとソロの舞台、内くんの現場くらいのものであった。ここでは、私が今年浸かった沼を紹介する。




以前から曲を聴くことは多かったKinKi Kids。沼に浸かるきっかけは去年の冬。「またまた突然ですがKinKi Kids生放送」である。まさかのラジオ出。
沢山のメッセージメールが届く中、ほのぼのとトークを繰り広げるKinKi Kids。世界平和かよ。それなのに、番組の最後には素晴らしい生歌なんて歌っちゃうんだからKinKi Kidsは罪深い。そこから、KinKi KidsのLIVEDVDを実家の近所に住む20年来の光一担さんから貸していただいた。特に衝撃的だったのはファミコン*1宇宙に浮かぶ KinKi Kids。この世の奇跡かよ。
この時点でKinKi Kidsというシンメの尊さに打ちひしがれる。2人なのに、なにこの圧倒的な空間は…!この時点で、もう後戻りできないところまできてしまいました。



正直、去年の自分はエイトとKinKiを掛け持ちするなんて楽勝だと思っていました。だってKinKi、冬しか活動してないし。リリースもライブもそんなにないし。(失礼) そんな感じで気軽に春にFC加入。
でも、早々にそれは大きな間違いだということに気づくのです…!何故なら、KinKi Kidsは個人としての活動も大きなウエイトを占めている。…ということは、KinKi Kidsを応援しようとすると、KinKi Kids堂本剛堂本光一の3つを応援することになるんですよね! ナンテコッタ!!! 
それぞれのソロは、見事に違う魅力的な色を持っているので見過ごせない。剛さんのファンクなグルーヴに酔いしれる空間も、光一さんのキラキラと宙を舞うプロ意識の塊のような姿も目を離せない。2人が揃えば、ただただ同じ姓で同じ関西という地で100日違いで生まれた奇跡に咽び泣く。とにかく尊い。 




何となく、去年からずっと気になっていたタキツバ。沼に浸かるきっかけは今年のツアー「ふたり旅」滋賀公演である。滋賀公演は何を隠そう、今井翼さんのお誕生日公演。未だにチケットが手に入ったのは奇跡だと思っている。振り付けが多いタキツバのコンサートは私のようなにわかには敷居が高そう、という勝手な思い込みがあって今まできっかけがあってもあまり前向きではなかったのだが、結論、めちゃくちゃ楽しかった。
踊りまくって、コールして、ただただ幸せな時間だった。MCでは、滝沢さんによる翼さんへのお誕生日会があったのだが、(滝沢さん、翼さんのこと好きすぎるでしょ……!?!?)という衝撃の連続。誕プレはお揃いのセグウェイに、スタッフを巻き込んでのパフォーマンス、滝沢さんの想いが詰まったお手紙、観客にも飴のプレゼント。
コンサートで見た滝沢さんは、想像よりもずっとエンターテイナーだったし、翼さんは真面目で優しさが滲み出ていてかっこよかった。翼さんの低音ハモりが心地よく耳に残って、滝沢さんはとにかく美しい。MC内で、新春コンサートが発表されたときには絶対行く!!と意気込むほどに、タキツバのライブは楽しかったのだ。   




友達が誘ってくれたVコンは、”アイドル”たるものを魅せつけてくれた。20年経って変わったものもあるけれど、変わらないものだってそこにあるのだということ。変わらないことは何よりもアイドル当人の努力が必要不可欠であること。坂本さんの会場全体を感慨深そうに眺める姿、長野さんのしなやかで美しい踊り、井ノ原さんのファンを見つめる笑顔、剛健は確かに存在するということ、岡田さんの安心したような笑顔。素敵な空間でした。






2015年は沢山のアイドルを見ることができた1年だった。私は、好きなものは好きだと言いたい。比較するよりも、個性を愛したい。目の前に、好きになるかもしれない「沼」があれば飛び込めばいいと思う。誰か1人を好きでい続ける必要なんてないと私は思う。担降りなんて大それたことを、考えなくて良いじゃないか。それよりも、今そこにいるアイドルを応援できるのは今しかないのだから。

*1:ゲームではない。正式名称「2010-2011 君も堂本Family

#とあるジャニヲタの1日 

あややさんのこちらのブログから、#とあるジャニヲタの1日というエントリーが流行っているようなので、私も波に乗ってみた。

moarh.hatenablog.jp

ちなみに、私は京都のとある大学に通う文系一回生である。今週いっぱいまで、長い夏休みを謳歌してきた。昼過ぎまで寝て、そこからバイトに行って夜中までジャニヲタ活動をし、(時にはには新聞配達のバイクの音を聞いて急いで就寝することも)寝て起きて寝て起きるだけ。ホンッットーに、自堕落な生活を送ってきた。これは、私の月曜日から始まる学校生活を思い出すための、(自省的な意味を含めた)とあるジャニヲタの1日である。

 

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※とりあえずグラフ作成してみたが、エクセルが使いこなせないので、時間軸がずれている。



私は、だいたい朝は6:15くらいに起きる。ケータイのアラーム(BGM:愛のかたまり)
互いに愛が大きすぎると 失うこと思ってしまうの

よくよく考えたら朝から私、重いな!?っていう、そんな曲選ですが。この段階では半分夢の中にいるのでだいたいアラームを止めることなくフルで音楽を聴いてから心地良く二度寝している。

二度目のアラーム(BGM:Eightopop!!!!!!!)で朝イチにはキツいハイテンションの曲でなんとか起床する。この曲は自担の安田さんの作詞作曲の、萌えに意味なんかなくてOK!」という感じの曲です。ちなみに、これで起きれないと三度目のアラーム(時計のベルの爆音)が待っているので、ジャニーズの声で起きたい私は、なんとかそれまでに起きる努力はしている。*1


そして、録画した深夜番組をつけながら、朝食、メイク、着替え、持ち物準備をするとなんやかんやで家を出る時間になっている。

学校までは大体1時間ほど。電車とバスを利用している。電車は快速ではなく、各駅に乗ってゆっくり座って行くのがマイルール。学校に行くツラさと、最寄りが観光名所と近いがために、年中観光シーズンで混み合う京都のバスの苦痛をなんとか乗り越えようと、関ジャニ∞「象」*2KinKi Kids「たいむ・とらべ・らばーず」*3は、ほぼ毎日聞いている。


学校に着くと、大体4限まで適当に授業があるので、ちゃんと教授の話をちゃんと聞いたり聞かなかったりしながら授業を受ける。空きコマは図書館へ行って読書か、課題をしている。1コマ分あれば小説一冊は読めるので、読了後は読書メーターに記録をして、仮眠を取り次の授業へと向かう。昼は友人と、ごはん。学食は混むので時々空きコマがある子たちで回転ずしに行くのが楽しい。ちなみに大学の気の合う友人の中でジャニヲタはいない。同じクラスにエイト担がいるのだが、ヲタクとしてタイプが違うので時々話す程度。ちなみに、友人は私が重度のジャニヲタであることは知っている。(というか隠せなかった。)*4 午後の講義は寝たり寝なかったりしてTwitterのタイムラインをこっそり眺めながら過ごす。


授業が終わると、バスに飛び乗って帰宅する。帰宅時はラジオの音源を聞いていることが多いかもしれない。バイトがない日はここで、スーパーに寄って買い物をして、そのまま帰宅後スーパージャニヲタタイムに突入するわけだが、冬ツアーも迫ってきている今、貯金の為に週4ほどでバイトに入っている。何をしているかというと、ちょっと小洒落た居酒屋のキッチンを担当している。立ち仕事で結構カラダを酷使されるが、料理を作ることは嫌いではないし、バイト仲間がいい人ばかりなのでそれなりに楽しくやっている。それでもしんどいときは、次の現場のことを考えるだけでやる気が出てくるのでジャニヲタはチョロい。12月の繁盛期にツアー遠征で週末のバイトを休まなければならないことはまだ店長には言っていないが、*5シフトを入れたら元NEWSヲタの店長には全てお見通しされそうなので今から少し怖い。(たまにジャニーズ話で盛り上がってるし基本的には理解のあるいい人です。)

でもそのために働いているのだから仕方ないよね!?!?(号泣)


イケメン(彼女持ち)の先輩が作ってくれた賄いを食べたりして、帰宅はだいたい23:30ごろ。そこからお風呂はいったりして、休憩しつつ、ジャニヲタターーーイム!!!に突入する。まず、Twitterを遡って、そのままラブセンをして、時間があれば朝に見た録画番組をリピートするか、LIVEDVDを見る。たまにパンフレット・コレクションに手を出してしまった日には、気づけば時間が過ぎ去っている。

大学入学を機に、自ユニの関ジャニ∞に加え、本格的にKinKi Kids掛け持ち担となった私はとにかく時間が足りない。出来るだけリアルタイムで見れるものは見たいのだが、テレビ番組だとどうしてもCMの時間が勿体無いと感じてしまうので少し遅れて追っかけ再生しながら、CMを飛ばしていく。担当の他に気になるJが結構いる私は、情報収集の手段としてTwitterは、やはり必需品。とにかく情報の回ってくる速さで言えばTwitterが1番だと思う。タイムラインを眺めながら、気になった部分をエゴサしたり、ググったり。私は、長いブログの文章も大好きなのでKinKi Kidsの2人であることの尊さについて語られたブログや、関ジャニ∞のコンビの関係性を語ったブログ、アルバム全曲レビューなどを読み耽ることもしばしば。読み出したら止まらないので、次の日にギリギリ支障が出る時間帯くらいで就寝する。←アウト

基本的には課題は学校にいる間に終わらせてしまうことが多いので、家では精一杯ジャニヲタを謳歌する私ですが、研究期間はそれどころではない。もう研究テーマが決まっているので早めに制作して楽になりたいところ。さもないと、このジャニヲタタイムの時間がそのままレポート作成時間になってしまう。(それでもLIVEDVDは常に流していると思う)


こんな感じの1日を過ごす大学生ですが、大学生という時間が有り余っている私の時間の余白は殆どジャニーズに費やしていると言っていいかもしれません。エイトの現場に一緒に入ってる丸山さんと長野さん担当の片割れの人と朝イチから深夜まで永遠とLINEしているので学校でジャニーズ話ができないフラストレーションはあまり溜まらないかな。ジャニヲタ話を出来る人と常に色々話すのは結構大事。そうじゃないと、Twitterで仕入れた「これは・・・!!!」な情報を共有できる相手がいないストレスを感じてしまう。

こんな生活をまた月曜日から送れるように、とりあえず明日は午前中には起床して買い物にでも行けたらと思う。



以上、何の変哲もないジャニヲタの1日でした!!!

*1:御察しの通り朝に弱い

*2:関ジャニズム収録

*3:Mアルバム収録

*4:周りに隠し通しているジャニヲタの皆さんは逆にどうしたら隠し通すことができるのか教えていただきたい

*5:なかなか休みづらい職場なのだ

平安神宮ライブ2015

堂本剛さんの平安神宮ライブに行ってきた。私はチケットのご縁もあって、初日(9/11)と楽日(9/13)に参加した。剛さんにとって、6年目となる今年が私の初平安神宮となった。以下レポとも言えないただの感想。初日と楽日の感想が入り乱れているので読みにくいかもしれません。

まず、開演2時間前ぐらいから会場周辺にいると、リハ音がガンガン聞こえてくる。高まる。初日のこの時点でPINKを歌うことを知って泣きそうになった私であるが、ネタバレ感は否めない。
初日、楽日とも座席は遠からず近からずであったが、感覚としてはとても近くに感じた。そんなことを思いながら、座席に着くと、舞台上に神主さんが現れ、「只今よりステージと皆さまのお祓いを致します」とのこと。開演前のざわめきが一度静寂に変わり、神聖な雰囲気となった。
客電が落とされ、スモークの立ち込める中に照明が入り、幻想的な雰囲気の中で静かに始まるピアノソロ。1曲目「瞬き」である。
瞬きは、ライブ時の自分の気持ちとリンクする部分が多い曲である。
瞬きするたび 大切なものが消えてゆく
それでも、
眼に映した いくつもの写真を 記憶できない儚さを愛していたい
ライブ時に自分が見た光景というものは、全てを見ることはできない、全てを記憶することはできないが、その儚さを愛したいと思う。
そして、今回初日では
眼に映した いくつもの ヒカリを記憶できない 儚さを愛していたい
と、照明のライトを見つめながら。
楽日では、
眼に映した いくつもの あなたを 記憶できない 儚さを愛していたい
と、客席を見渡しながら。私がアイドルへと思うライブ時の感情と同じように、彼も私たちを想っているのかもしれないと思うと、涙しそうになった。この曲の最後に、4本の照明の線が空へ向かっていって、その先にひとつ星が瞬いていたのがとても素敵でした。

2曲目「Help Me Help Me…」暗雲が立ち込めるような照明から始まったこの曲。どこか祈りを請うように、歌う剛さんの姿。音が歪んでいって、痛くなって、これは争いの歌なのかもしれないと思った。近年の映像を見ると、この曲は愛のある曲であったが、今年のHelp meはどこか痛々しかった。近年は「I love you」と歌っていたところを「Help me…」に戻していたからかもしれない。最後に、「愛している…愛している…君を僕を 世界を…」という言葉で少し救われたような気分。

3曲目「Love is the key」は大量のシャボン玉にライトを反射させ、キラキラと輝いているのが非常に幻想的だった。とにかく、美しい世界と美しい音の共鳴だった。所々、「I love is the key(僕が愛することが鍵)」と歌っていたのが印象的。

4曲目 「いとのとち」は炎と赤いライティングの中で歌う剛さんが何処か妖艶な美しさを持っていた。いのちを歌う堂本剛×深紅=間違いない。

5曲目「I gotta take you shamanippon」6曲目「Clap Your Mind」野外の残響の少ない場所ならではなのか、手拍子の音が揃って気持ち良かった。着物姿の踊り子さんが3人登場して、FUNKのグルーヴにひたすら浸る時間。このとき、本堂の方はプロジェクションマッピング曼荼羅が変化していくような映像が流れていた。

7曲目 「Now's the time change the world」初日にこの曲知らないな…と思って帰ってから調べると244 ENDLI-xの曲だったんですね!踊り子さんが和傘をクルクルさせて舞っていたのが印象的。コーラス隊さんの力強いハーモニーと剛さんの「Higher!」に会場の熱も上がります。

8曲目 「PINK」 この曲は、剛さんの過去の色々な想いが込められている曲であるということはド新規の私でも知っている有名なエピソードで、まさかこの曲が聴けるとは思っていなかった。今回のテーマである「痛み」と向き合い、寄り添うということを体現したかのような曲。「ピンクに膨らんだ〜」でピンク色の照明、そして「ブルーにひび割れた〜」でブルーの照明、それが混じって紫の照明へと変化する流れがとても美しかった。 3日目の、最後のサビまでずっと前を向いて歌っていた剛さんが、最後だけ本堂に歩み寄って本堂に向けて歌っていた姿が眼に焼き付いている。

ライブは、この後熱い熱いセッション、そして剛さんからのメンバー紹介、ご挨拶、合同参拝で幕を閉じた。5000人が一同に二礼二拍手一礼。初日で、拍手の音がとても揃っているのに驚いていた剛さんですが、ラストはもっと揃っていましたね。
挨拶では、「争いというテーマのお仕事をいただくことが多かった」「今回は『痛み』という一つのテーマを設けて音楽を奉納させていただきました」「宇宙という天井の下、音楽が出来ることは幸せ」と、剛さんらしい言葉をいただき、最終日の捌ける前には「僕は本堂の方へ今から行きますので、皆さんの毎日が幸せでありますように祈っておきますので」との言葉。平安神宮ライブはファンとアイドルが幸せを祈りあう、とても平和な空間でした。
人が誰しも持つ「痛み」に向き合うことは辛いこと。しかし、このライブでは、目の前の剛さんが自身の痛みに向き合うことで、自然と自分の中に抱えていた痛みが浄化されていったような気がします。音を出す時間が限られているなど、制限の多いであろう平安神宮ライブをこれだけ続けて、そして制限の中でも最大のエンターテインメントを提供してくれた剛さんに感謝して、来年の開催を楽しみにしています。

アイドルと結婚と

第○次「自担が結婚したなら」ジャニヲタ談義ブームに乗っかって。

もし自担(安田章大)が結婚したなら、自分はどういう心持ちになるのだろうか。
この手の話は苦手な方もいると思うので、以下自己判断で。







世間一般でいう「リア恋」を自担にしているわけではない。そして、自担と年齢が13歳離れていることが前提において、私は自担が結婚することに関しては寛容だと思う。自担との年齢差を考えると、自然の摂理に従っていけば自分の生きている間に彼はアイドル最前線から身を引くだろうし、1人の男性としての幸せを掴んでほしい。*1
…とは言いつつも、実際結婚発表という出来事が起こってしまうと、それからしばらくは引きずるだろうし、3回打ちひしがれるだけでは足りないだろう。*2
そして、頭の片隅では、彼の優しさを身近で一身に受けている妻、という存在をどこか頭の中で想像してしまうだろう。

結婚とは、アイドルの現実性を嫌でも感じてしまうイニシエーションである。”アイドル”という非現実に対して、その代償となる出費を惜しまないのが我々ジャニヲタ。となれば、結婚という現実の扉が開かれてしまうことへの苦痛は避けがたいものである。
今まで結婚されてきた先輩方は結婚生活に関する情報をほとんど排除されている。その「生活感の無さ」というものは一見不自然ではあるが、それが自然になるほどの徹底ぷり。無闇に結婚生活を語らない、というアイドルの姿勢は、非現実的な夢を提供するアイドルとしての姿としてはとても誠意のある態度であると考える。
しかしながら、関ジャニ∞というグループは良くも悪くも、比較的「リアル」を表に出すグループである。過去にも、某福井の蟹事件*3にあるような諸々…があるグループである。関ジャニ∞の誰かが結婚したとして、先輩方のように結婚生活に関する話題を徹底的に排除していけるのであろうか。背後に”家庭”を感じさせないアイドルとなることかできるのだろうか。*4 この点に関しては、私はやや複雑な思いである。


ここで、私の中で、もう一人の大切な人である「堂本剛」と結婚についても言及したい。
彼は度々、「奈良に帰って幸せな家庭を築きたい」や、「実際子供ができたときに、この日本という国で果たして幸せに過ごせるのだろうか」というような(ニュアンスの)とても現実味を帯びた発言をしている。最近では、剛さんと母親とのエピソードを聞いて胸が少し締め付けられるような思いをした。*5私は彼に結婚しろ、とは考えてはいないが、彼が「いのち」を歌として紡ぎ、過去の痛みと向き合い祈る姿を見て、”幸せになってほしい”と、常々思うのだ。

結局のところ、先述したように私は結婚に対して否定的ではない。結婚というアイドルとしての難題に、もし自担がぶつかったなら、ファンのことを考えて、躊躇して心を痛めているのなら、私はこう言うだろう。

「幸せになれ!なってまえ!!!!」*6


*1:自分の担当への基本スタンスは、この「幸せになってほしい」が前提にある

*2:2005.6.10 Mステの3回打ちひしがれ事件参照

*3:8ESTのあれ。この件に関しては何も言うまい

*4:おそらく不可能だと私は踏んでいる

*5:剛さんの将来の子どもの為にミニカーを購入した等のエピソード

*6:パパドルでのすばるさんの名台詞より