深海魚

花びらに埋もれてこのまま 死んでもいいと思った

終わらない夏はないし枯れない花はない、けれど

私の十五祭が終わった。

今年の夏は短すぎた。まだまだ夢のような時間に浸っていたかったなぁ。

「十五祭」は、ひたすらに楽しくて、どこか切なくて、ほろっと涙が出て、やっぱり笑える、私の大好きな関ジャニ∞が詰まったコンサートだった。

 

十五祭、どの関ジャニ∞のファンも、「自分と関ジャニ∞の歴史」を振り返った瞬間があったんじゃないかなと思う。好きになった瞬間、楽しかったコンサートの景色、涙したあの日のこと。

 

私も、自分と関ジャニ∞の歴史をふと振り返ってしまった。


小学生のころ、初めて好きになったアイドルがいた。友達のお家に行ったとき、その子のお姉ちゃんが録画した番組で歌う、とびきりかっこいい少年がセンターで歌う姿。彼の名前は内博貴。テレビの向こうの人を、はじめて好きになった瞬間だった。

 

それから、しばらくして、音楽番組で面白いトークをしているグループを好きになった。7人の関ジャニ∞だった。

 

それから、内くんは内くんで、関ジャニ∞関ジャニ∞として私は応援してきた。

その間8人としての道が重なる瞬間を期待したこともあったけれど、2011年夏の内Q?札幌公演で語った内くんの決意を、∞祭パンフレットで亮ちゃんが語った決意を受け止めて、それぞれを応援しようと思った。

 

そして、もうひとつの決意と別れがあった2018年の春。


6人と1人と1人。

道が別れた人たちは、メディアではどうしても切り取られてしまう。なかったことにされてしまう。

私は、別れてしまったものはもう戻らないことを知っている。だから感情を切り離して、8人の過去と7人の過去を愛しながら、6人と1人と1人を応援することにしていた。

 


今回のOPを見たとき、8人のイラストに思わず涙してしまったのは、「8人が揃った未来を見る」という、もう叶うはずのない夢が、諦めていた光景が、目の前に広がっていたから。

 


なかったことにされなかった過去。美談とか哀れみなんかもなく、過去がただ「歴史」として語られること。

単純なことのように思えて、この14年間叶わなかったことだ。

 


8色のペンライトは、十五周年は「どんなファンであっても一緒に楽しもうね」という関ジャニ∞からのメッセージのように思えた。


6人の走ってきた道の途中に2人はいて、それは紛れもなく"事実"だから、事実を誰かが消すことなんて出来ないんだよね。

 


新旧入り混じったセットリストも、あの頃を彷彿させる衣装も、聴きたかったカップリング曲も、そのどれもが どのタイミングで関ジャニ∞を好きになったとしても楽しくなってしまうのは間違いなかった。


ただ過去を振り返るだけじゃなくて、「過去から生み出された今」をひたすらに生きて、みんなで共有する、という想いが、パフォーマンスに現れていて、彼らのエネルギーを受け取るこっちもヘトヘトになるくらい、熱いコンサートだった。

 

 

思い返せばGR8ESTは、どの曲にもすばるくんの声が浮かんで、歌詞にすばるくんを当てはめてしまって、関ジャニ∞自身もツアーごとに消化しきれない感情をそのままに挨拶で吐露して、それぞれの色んな複雑な気持ちが入り混じったコンサートだった。


でも恐ろしいことに、GR8ESTの公演を重ねるたびに、だんだんすばるくんのいない関ジャニ∞にも慣れていってしまっている自分もいた。なんだか、慣れることで何かが薄れてしまうような恐怖さえ覚えたこともあった。

何処かで痛みを抱えたままじゃないと、すばるくんのいた関ジャニ∞はなかったことになっちゃうんじゃないか、っていう恐怖。

 

だから今回のツアーで、8人としての歴史を提示してくれたのは、過去は消えないから6人の今を楽しんでもいい、と吹っ切れるキッカケを作ってくれたような気もして。痛みがなくたって、すばるくんが居たことも内くんが居たことも なくならないんだね。

 


永遠なんてないし、花は咲けばいつかは散るんだけど、「いまの関ジャニ∞」がくれたこの感情と、8色のペンライトの景色は、ずっと心の中に残っていると思う。