深海魚

花びらに埋もれてこのまま 死んでもいいと思った

2019年9月5日/関ジャニ∞と彼らを愛する人に宛てたなぐり書き

 

週刊誌にすっぱ抜かれて、それから世間がうるさくて。永遠なんてないと理解している自分は、その声を否定しきれなかった、それが今日この発表までで一番苦しかったな。

 

 

錦戸亮は誰かのためだけに生きているんじゃないから、ファンにとって分かりやすい「夢」とか「目標」がなければならないってことはないんだよ。ファンを納得させるだけの夢や目標がなくたって、自分の人生を生きるために辞める理由があるのなら仕方ない。

すばるくんは、歌を勉強して、音楽活動に専念するという名目だったけど、実のところは「アイドル」という肩書きを外して、アイドルのフィルターがかからない音楽がやりたかっただとか、普通に世界を見て回りたかった、だとか。そういう理由だったんだと思う。音楽ならドームツアーを回れている関ジャニ∞のほうが、よっぽどお金をかけたいい環境で音楽ができるもの。

そういうことではなく、彼らが苦しむのは、私たちの当たり前が当たり前に出来なかったり、私たちが思いも知らないところで苦悩があったりするはずだから、そこを模索しようとは思わない。

事実を伝えられたとして、私たちが納得できるとも限らないから。

 

 


でも悲しいのは、悲しい。

 


脱退も、退所も。

 


何度経験したって、それはもう変わらない。

 


だけど、すばるくんのときのように涙が溢れて止まらないなんてことはなかった。

「いつか来るかもしれない未来がこんなにも早く現実になったんだな」

冷たいようだけど、本音はそう。

 


去年の春のあの日のように、行き場のない悲しみや苦しみがあるわけではないのは、私はこの感情の対処法を既に知ってしまっているから。

 


すばるくんのほうが悲しくて、亮ちゃんのほうが悲しくない、とかじゃなくて、一度経験したことのある感情はある程度整理をつけやすい。

 

ごちゃごちゃ纏まらない頭で思うのは、願はくは、関ジャニ∞を背負う5人の背中が責任で重く潰されませんように、ということ。世間から「残された」人と言われないくらいに輝くためには、もっともっと上を、高いところを目指さないとならないように思う。ひどく険しい道のりだ。


これ以上、関ジャニ∞の心も身体も、折れてしまわないように、大切に大切にしていきたいのに、47都道府県ツアーが発表されて。

無理矢理にでも、前を向くしかないのだと、言われているようで。今までだってそうしてきたから、それしか知らないのだと言うように。

 


GR8ESTでもツアーを回りながらファンも関ジャニ∞自身も感情を片付けていったいたように思う。ツアーで直接関ジャニ∞を感じると、もう少し何かは変わると思う。この行き場のない感情はいつか片付くはずだから。

 

 

 

アイドルにだって人生選択の自由はあると、私は常々思っている。だけど、個人の人生選択と同時に「グループ」というものも1つの人生なのだなぁ、と今回の件で痛感した。

共同体であるが故に、ひたすら相互の努力によってでしか成り立たないもの。

全員が必死になって、同じ目標を共有していないとグループは続かない。やりたいことが別の方向を向いていたとしても、今まで15年間継続して来れたのは、彼らの努力の賜物だ。

だけど、いまの「アイドル」の形態だと、人としての人生を歩んでいくことと、グループを継続させることを両立させるのは難しいんじゃないかと思う。

ここまで芸能界でキャリアを積んでいる彼らが、自分のやりたい何かを犠牲にして生きていくには、アイドルとしての寿命も残りの人生も短すぎるんじゃないかな、なんて。

 


だからこそ、グループを続ける覚悟を持った人たちには「アイドル」だから諦めてしまったものが1つでも少ないと良い。「アイドル」を長く続けることを選んだ彼らが、関ジャニ∞だからこそ見れる美しい景色が少しでも多ければ良い。

 

1人の道を選んだって、「ずっと仲間」で道は続いているのだということを彼らは十五祭で提示してくれた。そんなに背負わなくても、前にひたすら進まなくてもいいのに、彼らは一歩も二歩もファンの前を歩いてくれている。

だから、何故か彼らにこれからもついていくことに不安はない。

 

永遠なんてないことは痛いくらいに私たちは知ってしまったし、未来がどこまで続くのかもわからない。

だけど、ただ、「今」を生きて、彼らが好きだという気持ちを大切に持って、彼らが守るものを私たちも守っていきたい。